「剣城さーん、フィフス降りたってマジ?」


そいつは俺の顔を見ずに、グレープ味の炭酸飲料のプルタブに手をかけた。


「…何の用だ。」

「いや、言葉の通りだよ。風の噂…ってか黒木さんが聖帝様と話してんの聞いちゃった。」

「盗み聞きかよ、趣味悪ぃ。」


感情の無い表情をしたその女は、酷い棒読みで"てへ"と言って首を横に傾けた。


「その様子だとマジみたいですね。」

「だったら?」


言うまでもなく、こいつはシードだ。
特に仲が良いというわけでもなく、施設内で何度か顔を合わせたこともあれば、会話した記憶もあるといった程度だ。化身を使えるのかどうかは知らないが、上の扱いを見れば、女のくせにそれなりの実力者らしかった。

鞄からぶら下がった犬のマスコットが、油性のマジックでミョウジなまえと荒々しく書かれたプレートを抱えている。季節に似合わぬ厚手の黒タイツの上には、青いプリーツスカート。こちらもまた言うまでもなく、雷門の制服。


「俺の代わりにお前が雷門サッカーを管理するとでも?」


仮にそうだったとしても、そうはさせない。睨みをきかせれば、なまえは炭酸飲料に口を着けたまま、目を閉じて眉間に皺を寄せた。


「まあ、一応、そんな感じの指示は下ってるんですけど…やめちゃいます。」

「はあ?」


だから、やめちゃいます。


再度言葉を繰り返したなまえは、俺の顔を見ると、飲みかけの缶を逆さまにした。


「剣城さんが辞めたってんなら、私もフィフス辞めます。」


アルミ缶の口から、二酸化炭素の泡を含んだ紫色の液体がだらだらと流れ落ちて行く。


「…あーあ、勿体ねえ。」


俺がそう言葉を放てば、なまえは空になった缶を蹴り上げた。
爽やかなパッケージをしたアルミ缶は、缶特有の高音と共に放物線を描くと、備え付けられたゴミ箱の中へ綺麗に着地した。缶と缶がぶつかり合い、二回目の高音はやけに騒がしかった。


「元々スカウトを受けて、興味本位で始めたんだし。両親はいないから、愛する者とやらに魔の手が及ぶ心配も無い。剣城さんみたいに特に深い理由も無い。…今日も病院行くの?」

「お前には関係ないだろ。」


冷たい口調でそう言って隣を通り過ぎても、なまえは俺の後を付いて来た。振り払おうと早足で歩いても、意味が無いことは知っている。


「着いて来んなストーカー。」

「私はストーカーじゃない。」

「じゃあ何なんだよ。」

「……。」


その問いに、なまえは急に押し黙って足を止めた。突然の豹変ぶりに、俺も思わず立ち止まって振り返ってしまった。流石に傷付けちまったのか?少し不安になりながらもなまえの様子を窺っていると、顔を上げたなまえと目が合った。


「…剣城さん。」

「?」


なまえはおもむろに口を開くと、真っ直ぐに俺の目を見た。


「私は、雷門生です。」

「…ああ。」


なんだ今更。意味を理解する前に、また次の言葉が飛んで来る。


「さっき、シードじゃなくなりました。」

「……。」


それってそう簡単に自分で決められんのかよ。


「…これなーんだ。」


なまえは鞄から一枚の紙を取り出すと、俺に見えるように広げてみせた。


「…部活動申請書。」


なんだよ、こいつサッカー部のマネージャーになるつもりなのか?


「その通りです。」


一瞬心を読まれたのかとも思ったが、それは申請書という俺の回答に対して返されたものなのだと気付いた。


「というわけで剣城さん、お友達になって下さい。」


なにがというわけでなんだ、どうしてそうなった。
無視して歩きだそうとすれば、なまえは俺に駆け寄って制服の裾を掴んだ。


「放っ…!?」


振り払おうとしたのだが、なまえの顔を見た瞬間、俺は驚きのあまり戦意を喪失してしまった。


「…っ、せっかく人が少ない勇気を振り絞って言ってやってんのに、うんとかはいとかイエスとかよろしくとか言ったらどうなのよ!!」


俺は、顔に感情の現れたなまえを初めて見た。
選択肢ねえじゃねーかとか、そんなことよりも、なまえが顔を赤くする様に驚きを隠せなかった。


「っ……分かったから、とりあえず放せよ。」

「い、今分かったって…よかったぁ。」


拒絶されたらどうしようかと思ってた。右下がりにそう言いながら、なまえは地面にへたり込んだ。

…人形みたいな奴だと思ってた。
感情の入ってない、どこかイカレた奴なんだと。
ああいう態度をとっていたのは、俺達が互いにフィフスセクターという枠組みの中に存在していたからだったのだろうか。


「…いつまでそうしてんだよ。」


なかなか立とうとしないなまえに気紛れから手を差し伸べてやれば、重ねられる掌と、かち合う視線。


「…なんちゃって。剣城さんやっさしー。」

「触んな能面女。」

「酷っ、剣城さんから手ぇ出して来たくせにい…。」

「変な言い方すんな。」


普段通りの肌色に、見慣れた表情。なまえはスカートを軽く叩くと、再び俺を見た。


「からかってごめん。」

「そんな顔で言われても誠意の一つも伝わるかっつの。」

「……。」


何を思ったのか、なまえは鞄から携帯を取り出すと、手慣れた様子でカチカチとボタンを押した。直後、俺の携帯がポケットの中で震えだした。まさかと思って開けば、メールの着信が一件。差出人は登録されておらず、蘭内にはアドレスと思われる長ったらしいアルファベットが並んでいた。
本文を見れば、そこには。


"ごめんネ(^人^)"



「ふざけてんのかテメー。」


つーか俺のアドレスどうやって手に入れた。


「早く病院行こうよ剣城さん。」

「何で一緒に行く流れになってんだよ。」

「それはね剣城さん、剣城さんのお兄さんに挨拶をするためだよ。」

「だから何でお前が…」


どっかの童話で聞いたような返事をすると、なまえはやんわりと口元だけを緩めた。


「それはね剣城さん、剣城さんをくださいってお願いするためだよ。」

「俺はお前の嫁か。」


俺が眉をひそめれば、なまえは違うのかと、そういった類の視線を向けて来た。
当たり前だろうが。


「…仕方ない、ご挨拶はまた今度にしますか。…あ、ちゃんと登録してね?」

「何をだよ。」

「私のアドレス。今送ったじゃん。」

「ああ…。」


適当に返事をして、動物を追い払うかのように手を振れば、なまえはバイバイと言って手を振り、背を向けて俺から遠ざかっていった。
なんだか久しぶりに感じる静けさに息をつけば、またすぐに聞こえたあいつの声。


「そういえば!!」


そこそこの距離があるため、なまえは両手をメガホン代わりにして叫んでいた。
外でよくもまあ恥ずかしくねえもんだと、俺は呆れ半分感心してしまった。
なんだ、声出そうと思えば出るんじゃねーの。そう思っていると、再びなまえの声が響いて来た。


「もう、仕事仲間じゃないんだよね!!」


元々仕事"仲間"でもねえけどな。つか、それがどうかしたのかよ。
俺が黙って見つめ返していると、それを肯定と受け取ったのか、なまえはくるりと方向を変えて消えてしまった。


「……。」


結局なんだったんだよと、俺も再び病院へと向かって歩き出した。






*






俺の携帯が震えたのは、そろそろ風呂に入ろうかとテレビを消して腰を上げた時だった。差出人は勿論なまえ。



"京介君、明日も一緒に帰ろうよ!……いや、ご一緒させて下さいm(_ _)m"



「京介君って…。」


仕事仲間じゃないって、そういう意味だったのかよ。
活字とはいえ、慣れない呼び名に鳥肌が立った。いろんな意味で面倒だったので、返信はしなかった。


「今日からマネージャーとしてお世話になります、一年生のミョウジなまえです。隠してても仕方ないので言いますが、元シードです。でもしっかり退職しましたし、聖帝様や黒木さんのアドなんかも着拒してるのでご安心ください、皆様のお役に立てるように頑張りますので、よろしくお願いします。」


翌日、なまえは宣言通りにマネージャーとして雷門サッカー部に入部してきた。
相変わらず表情が固い。
俺も人のことは言えねえけど、お前は仮にも女だろ、愛想笑いの一つもできねえのかよ?なんとも言い難い複雑な感情に、俺は下唇を噛んだ。



部活中は特に俺に絡んでくることもなく、普通にマネージャーとしての仕事をこなしているようだった。そのせいもあってか、割と部員受けも悪くはない様子だった。


「京介君。」


なまえが俺に話し掛けてきたのは、部活が終わり、いよいよ帰ろうとしていた時だった。


「…なんだよ。」

「一緒に帰ってください。」

「……。」


黙って怪訝そうな顔を浮かべれば、なまえはまゆをひそめた。


「…友達の作り方が分からないから。」

「は?」

「中学デビューしたい。…葵ちゃんは天馬君と帰ったし、茜さん達別方向。」

「消去法で俺かよ。」

「そうじゃないよ。昨日返事くれなかったから迷ってた。」


俺が無視して歩きだしたことを了承と受け取ったのか、なまえは俺の隣に並び、自然と一緒に帰る形になっていた。

道中、なまえは思いの外大人しかった。

しかし横目でその表情を確認すれば、にわかに口元を綻ばせていたので。








いと思った


「あーあ、私も白ちゃんに"逃げた"って睨まれちゃうね。」

それがどうかしたのかよ。




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