最近なんか面白くない。

恋愛ごっこをしてみたり、綺麗な女と寝たって何か物足りない。肉体的な快楽で一時の絶頂に至っても、すぐにあの渇いたような感覚に陥ってしまう。
もっと、心臓が沸騰してしまう程の刺激が欲しい。

こんな日常、退屈でつまらない。




*




「チッ、最悪。」

「なんだよ、また女関係でトラブったのか?」

「まあね。あのクソ女、オレの顔を叩こうとしたんだよ?挙げ句の果てには大泣き。有り得ないね、オレが何をしたっていうんだよ。」


先程見た大粒の涙を流してオレを睨む女の顔を思い出し、そういえば彼女を泣かせたのはあれで二回目だということを思い出した。


「ああ、そういや処女貰っちゃったんだっけ。」


あの時は可愛かったのになあ。


「女って、猫被るの得意だよねえ。ま、オレも人のこと言えないけど。」

「お前なあ…。」


オレが笑えば、エスカバは呆れたようにオレを見た。


「ワンナイトラブのつもりだったのに、まさか本気にされちゃうとはね。」

「思わせ振りな態度とってっからだろ。」

「はは、ちょっと優しくしただけで勘違いしちゃって。」


ホント、女の子って可愛いけど頭悪いよね。

弾んだ声でそう言えば、エスカバは今度は軽蔑するような目でオレを見ていた。


「…エスカバってさあ、やっぱりまだ童貞なの?」

「余計なお世話だ、ほっとけ。」


オレと違って、エスカバは異性との交流が少なかった。親しくてもそれは只の女友達。あの様子じゃあ、いつまで経っても彼女なんてものは出来ないだろう。


「……。」


嗚呼、今日も今日とて代わり映えのしない普通の日。親衛隊の子達に囲まれて、何度か誰かとキスをして。周囲の目を盗んで、最近遊んであげてる子を指と舌でイかせてあげて。


「…ホンット退屈。」


射撃の自主訓練を終えたオレは、小さく息を吐いた。
自分のステータスに関しては、バダップに負けている点を除けばほぼ満足している。オレの事をナルシストなんて呼ぶ奴もいるけど、オレが完璧なのは事実なのだから仕方がない。
早く本物の人間を撃ってみたいとは思うけど、今はバーチャルで我慢するしかない。面倒だったけど、道具を片付けてから訓練場を出た。


廊下を歩いていると、前方の角を曲がった先から人の気配がして、オレは足を止めた。
別に気にする必要なんかなかったが、ただ、状況が状況だった。


「っ、ふ……ん…。」


女の声だった。多分、知らない子。
オレも他人の邪魔をするほど不粋な男じゃない。廊下でイチャイチャすんななんて、オレも人のこと言えないしね。別のルートで戻ろうと方向を転換させたが、ちょっとした好奇心が湧いてきた。まさかオレ以外に校内で堂々と絡んでる男がいたなんてね。よっぽどの自意識過剰男か、それとも可哀想なバカップルか。
一瞬下品な笑みを浮かべて、オレは廊下の壁に背を着けた。気配を殺して対象を覗けば、そこには驚きの光景があった。

……嘘、エスカバ?

目を疑った。相手の女子は、深い夜色の髪と切れ長の目をした、綺麗な子だった。二人は熱い口付けを交わしていて、舌を挿入してエスカバを壁に押し付けているのは彼女の方だった。




*






次の日、オレは彼女を校内のホールで見かけた。

彼女と一緒にいたのはオレの親衛隊にも属している一個上の先輩で、かなり親しい様子だったので、どうやらエスカバの女は年上らしい。
けどいくら年上だからといって、女に主導権を握られてるなんてカッコ悪いと思う。


「…こんにちは。」


それがどんなに価値の低い物でも、他人のモノほど欲しくなる。たくさんの女の子が見惚れるような綺麗な笑みを浮かべ、オレは彼女に近づいた。
いきなり話しかけられたことに一瞬驚いていたみたいだったけど、彼女はすぐに小さな愛想笑いを浮かべていた。


「何かご用?ミストレさん。」

「あ、オレのこと知ってるの?光栄だなあ。」

「有名だもの。それにたまにエスカと一緒にいるでしょう?」


エスカ。彼女はエスカバをそう呼んでいた。


「貴女の名前、聞いてもいいですか?」


一応先輩だから、初めのうちは敬語を使っておく。やはり第一印象は大切だ、失敗したら後々大変なことになる。


「なまえ・ミョウジだよ、ミストレーネ・カルス君。」


可愛いというよりは、綺麗な人だった。透き通った硝子とは違う、鮮麗されたナイフの美しさを持った女性。


「ミストレでいいですよ、なまえさん。」


切れ長の蒼い目、形のいい唇に濡れ羽の髪。ホント、エスカバには勿体ないぐらいの女。


「あ、ねえ、もし良かったら、アドレス教えてくれないかな?」


そう言ったのは、彼女の方だった。
オレは自分の心臓が高鳴ったのが分かった。


彼女の家は代々軍に仕えている貴族の家系で、両親の名前には聞き覚えがあった。父親は当然軍の人間、確かエスカバの父親も同じ部隊にいたはずだ。母親の方は政界の人間で、この前テレビに映っていたのを見た。

しかし彼女の両親の姿を思い浮かべ、オレはふと不可解な点に気付いた。
なまえさんはあまりにも親に似ていない。顔のパーツは勿論、二人共髪の色はブロンドだ。瞳の色も、確か違ったはず。気になって、オレは親衛隊に属する先輩に聞いてみた。するとどうやらなまえさんは養子らしく、子供のいない二人に、四つの時に貰われたらしい。




*




出会ってからまだ数日しか経っていないある日。


「ミストレ君…今夜、空いてる?」


誘って来たのは彼女の方だった。

勿論、彼女に好かれようと努力を惜しまなかった。けれどこうも簡単にいくなんて、なんだか拍子抜けしてしまう。


「ごめんなさい、"先約"があるんです。」

「そう、ざーんねん。」


敢えて断ってみれば、彼女はそう言ってクスクスと笑って去って行った。なんだ、もっとプライドの高い人かと思ってたのに、所詮見掛けだけの尻軽女か。ああ、それとももしかして特殊諜報科を専攻してるのかな?


「エスカバー。」

「?」

「首、赤くなってるけど、虫にでも刺されたの?」

「はっ!?」


分かりきった上で指摘してみた。エスカバは咄嗟に首を手で押さえ、顔を赤くさせていた。


「なぁんだ、君ってちゃっかり童貞じゃなかったんだね相手はやっぱりなまえさん?」

「…テメーには関係ねぇだろ。」

「あるよ?だってオレ、なまえさんのこと好きだもん。」

「!?」


そこまでって程じゃないけど、欲しいのは事実だ。


「ねえ、彼女、オレに頂戴よ。」

「…ふざけんな。」

「あっそ。じゃあいいよ、勝手に寝取るから。」


そう言って笑えば、エスカバはオレを憎悪の籠もった瞳で睨んできた。
…いいね、そうでないと。



*




なまえさんはオレが性交を求めれば容易に乗ってくれたし、その最中もオレを恍惚の瞳で見つめてくれた。

やけに簡単に"落ちた"と思った。けれど、そうではなかった。

行為が終わった後、なまえさんはベッドサイドに座り、自らの豊満な胸元に咲いたオレの所有証を愛しいそうに撫で、小さく笑っていた。


「…キスマークがそんなに嬉しい?」

「うん。」


振り返ったなまえさんは、怖いくらいに可愛らしかった。そして、その後に続いた言葉も。


「後でエスカに自慢してやるの。ありがとねミストレ君、久々にイイ男とやれて気持ち良かった。」

「…ふーん。」


なまえさんは今までオレが抱いてきた女とは違い、オレに惚れて繋がりを求めて来たんじゃなかった。

…屈辱だなあ。
自分が満たされるために、オレをいいように利用したっていうの?

これまで、オレは女に自分の体に跡を残させるようなことは避けて来た。けれどこの時ばかりは、自分の身体に彼女の口付けの痕跡が無いことが悔しかった。


「ねえ、オレもなまえさんのモノにしてよ?」


ねだるような甘い声で肌を絡めれば、なまえさんはオレを見て目を細め、口元に小さな弧を描いた。


「嫌。私、エスカ以外いらないもの。」


…この女、オレを誰か分かって言ってんの?

頭に来て、オレは再度彼女を押し倒した。


「オレとこんなコトしてるのに…エスカバに愛想尽かされてもいいの?」

「やだ。でもエスカは私を放さないから大丈夫。」

「大した自信。是が非でも奪ってあげるよ。」

「どうぞ頑張、っ…。」


とりあえず、今はオレのことしか考えられないようにしてあげる。




*




「ミストレ!」


エスカバに怒鳴られたのは、それから二日後のことだった。


「何?朝からうるさいんだけど。」

「お前…どういうつもりだよ。」


怒りに震える声、なまえさんのことを言っているのは明らかだった。


「言ったじゃないか、勝手に寝取るって。でも良かったね?なまえさんはオレに体は許しても、惚れちゃくれなかったんだ。彼女はオレより君を選んだよ?おめでとう。ああ、でも諦めたわけじゃないから、そこら辺は覚悟しといてね?」


にやりと口元を歪めれば、エスカバは勢いよくオレの胸ぐらを掴み上げた。


「これ以上、姉さんに手出すな。」

「は?」


姉さん?

なにそれ。


「ああ…ははっ!何?、君達ってそうゆう関係だったの?」


禁断ってやつ?
そりゃあ負けちゃうよね。


「やだね、尚更彼女が欲しくなった。」






い取ったなら毒を射ち、
を乾かし額に入れ、
かぬ標本にしたのなら
で寝台に飾ろうか。








餌は蜜、網は鎖。






―――――――――――


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -