私が王牙に入学したのは、お姉ちゃんの影響だった。

お姉ちゃんは男勝りな性格で、王牙でも中々優秀な生徒だった。
私にとってお姉ちゃんは尊い憧れの存在で、小等教育までを女学校で育った私は、無謀だと分かっていながら姉の背を追って王牙学園に入学した。

入学当初、男の子なんて皆が暴力的で乱暴な人達ばかりなんだと思っていた。
内心男子に怯える日々を送っていた私に初めて優しくしてくれた男の子は、綺麗な濃緑色の髪と、綺麗な宝石みたいな瞳をしていた。





*






「はゎぁ、どぉしよエスカバ、さっき私ミストレ君と目が合っちゃったよー!!」


よく晴れた月曜日の朝。私は週始めだというのにすこぶる機嫌が良かった。


「へーそう、そりゃあ良かったな。」

「なんてどうでも良さそうな反応…。」

「事実どーでもいいしよ。」


エスカバは素っ気なくそう言うと、再び電子書籍へと視線を戻してしまったので、私も彼の隣にある自分の席に着いて鞄から荷物を移動させた。



「…お前さあ、毎日そうやってミストレがあーだこーだ言ってっけど、何でアイツに近づこうとしねえの?」


ふと、エスカバが私に尋ねた。


「だ、だって私恥ずかしいし…エスカバ以外の男の子とだってあんまり話せないもん…。」

「あのなあ、幼なじみのよしみで言ってやっけど、後悔すんのはテメーだぜ?」

「分かってる、けど…。」


じゃあどうすればいいんだろ。

ミストレ君を前にしたら上がってろくに話すことすら出来ないって!!


「しゃーねーなぁ。」

「?」


私が一人で頭を抱えていると、隣からエスカバ君のため息が聞こえた。


「俺からミストレに話してやっから、あとは自分でなんとかしろよ?」

「…も、持つべきものは友達だねエスカバぁ。」


泣きたいくらい嬉しい。

そう呟けば、エスカバはまだ早いだろと言って呆れた表情をしていた。






*






「ふーん。…で?」

「でって、お前…。」


昼、俺は早速ミストレの所へ向かったのだが、ミストレは大して興味も無さそうに、口内の苺を弄んでいた。


「具体的にオレはどうすればいいわけ?ああそうなんだってその子と付き合えばいいの?」

「まあ、そんな感じ…なのか?」


首を傾げた俺に、ミストレは怪訝そうに顔を歪めた。


「悪いけどごめんだね、正直うじうじした女の子は苦手だ。大体他人の力を借りて上手いぐあいに恋を成就させようだなんて、世の中そう甘くない。」


ミストレの言うことは最もだ。

しかしきっかけ位はくれてやってもいいんじゃないかと聞けば、今度は少し愉快そうに口元を動かしていた。


「随分しつこいんだね。ひょっとして君、その子のこと好きなの?」


その言葉に、俺は眉をひそめた。

そして少し考えて、再び口を開く。


「いや、全く。」


自覚症状のない恋心なんてのはよく聞くが、俺はなまえに対してそんな気は全く無かった。


「まあ、単に善い事してるだけだな。」

「ふぅん、なんだつまんないの。」


ミストレは指先でくるくるとフォークを回していた。


「別に近寄って来るくらいは構わないよ、女の子に好かれて悪い気はしないからね。」

「じゃあそう伝えとくわ。」


なんかすっげえ今更だが、なまえの奴親衛隊にでも入った方が手っ取り早かったんじゃねえのか?






*






「ふおぉ!ありがとうエスカバぁ!!」

「いや…うん。つーか、意味あったか俺?」


エスカバはそう言って眉をひそめていたけど、私にとって彼は大役を担ってくれた恩人だ。


「だっていきなり見ず知らずの挙動不審な女が、もじもじもじもじ話しかけてきたらまず気持ち悪いって思っちゃうでしょ?」


予め分かってたら、ああエスカバから聞いてた子か、そういえばこの子シャイだったっけで許してくれると思うし。


「よし、じゃあ早速来週から…」

「なんでだよ!!つーか今行けよ今!!」

「ひぃ〜そんな横暴なぁ!!」






*






「あ、あの、ミストレ君っ!!」

「?」


翌日、私は勇気を振り絞ってミストレ君に話し掛けた。
徹夜で用意した差し入れのマカロンもばっちりだ、だてに星の数程練習してない。


「そ、その、ぁぅ…よかったら貰ってください!!」

「君…ああ、なるほど。」


ミストレ君は私を一瞥すると、納得したように小さく頷いた。

それから取って付けたような笑顔を浮かべて、私の名前を口にした。


「なまえちゃん、だよね?」

「あ、ぅ、うん!」

「話すのは初めて…だよね?」

「えっと…。」


ミストレ君のその言葉に、胸がちくりとした。
だって…初めて、じゃないんだもん。
でもまあ仕方ないよね、ミストレ君と話してる女の子なんて、それこそ星の数程いるし。


「手作り?」

「え?ぁ、そうです!お口に合えばいいんだけど…。」

「美味しそうだよ?ありがとう。」


にっこりと笑顔を浮かべたミストレ君に、私の心臓が高鳴った。

お菓子を渡す際に、指先が少し擦った。たったそれだけで心臓がバクバクいって、自分の顔が赤くなったのが分かった。


「…珍しいね。」

「え?」


ミストレ君がくすりと笑った。


「ここまで分かりやすい子は初めてだよ。」

「あの、それって…。」


どういうことですか?私がそう続ける前に、ミストレ君が口を開いた。


「オレ、君に声かけたことあるでしょ。」

「!?」


ミストレ君のその言葉に、自分の中の何か、幸せの花みたいなものが咲いたような気がした。


「まあ、それはおいといて。君みたいに恥ずかしがり屋で主張性の無い子は久しぶりってこと。でもまあ一人で近付く度胸はあるみたいだね、差し入れもちゃんと手作りだし。」

「えっと…。」


言われていることはあまり嬉しい内容ではないと思うんだけど、彼が私に話しているという状況を受け入れるだけで精一杯だ。


「てっきりエスカバと一緒に来るのかと思ってた。」


ミストレ君は私が渡したマカロンの袋を開けると、そのうちの一つを口に含んだ。


「悪くないね。」

「ぁ、ありがとう…。」


誉めてくれた、のかな?どちらにせよ、ミストレ君が私の作ったものを食べてくれた…!!


「オレも君みたいな子と話せるのは嬉しいよ?もっと積極的になってくれてもいいくらいだ。」


彼は袋の口を閉じると、そう言って席を立った。


「それじゃあまた。仲良くしてね、なまえちゃん。」

「は、はい!!」



相変わらずテンパる私を見て、ミストレ君は去りぎわに一瞬だけ、本当に優しく笑ってみせた。







甘恋感染者

例えばそれが只の自己満足でしかなかったとして。
こうして願えば、いつか貴方と手を繋ぐ日がくるのでしょうか。





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