*微妙に卑猥
*一応ディストピアの続き的な





*






異世界の存在なんて信じてなかった。
ましてや漫画やアニメの世界にトリップなんてこと、夢には見ても叶うはずないと割り切っていた。


なのに、私は今こうしてこの世界に存在している。
これを一体どうとらえよう。



なまえ・ヒビキ、それが私の名前。つまり私は"転成"したのだ。しかも素敵な補足付で。

前世では勉強もそこそこに、何物にも縛られない自由気ままな生活を送っていたため、ヒビキの家での生活は正直辛いことも多かったと思う。
…バダップ・スリードを初めて見たのは、幼少時に祖父と両親に連れて行って貰った社交場での席だった。
赤銅色の肌、白銀の髪、そして凍てつく焔の宿る深紅の瞳。幼くも凛々しい、私の知る"彼"。その美しさに、私は目を奪われた。触れたいだとか、話してみたいだとか、私の心臓はうるさい程に高鳴っていた。なんだか足が震えてしまいそうで、私は自分を落ち着かせるために母の手を握ったのだった。






*






ぎゅ。

右手に感じた圧迫感に、私は目を覚ました。

私の手を握っていたのは勿論母さんなどではなく、今しがた夢に見ていた男だった。


「……何?」


何か用があったのかと問えば、彼は手を放し、そうではないと言って私の座るソファーの隣に腰を下ろした。

どうやら私は、随分とおかしな体勢で寝てしまったようだ。堅くなった身体を伸ばすと、鈍い感覚が神経を伝った。


「んぅ、っー……。」


首が痛い。ああ、やっぱり作業中に寝るもんじゃないな。
背もたれに背をつけ、上に向かって腕を伸ばしていると、突如として太股に重みを感じた。
視線を移動させれば、私の太股の上はもさもさとした銀色が見えた。


「…どいてよ。」

「断る。」


即答ですか。


「あの、こういう時こそいつもの如く、了解したの一言で動いてくれると嬉しいんだけど。」

「断る。」

「……。」


どうしてこうなった。

あの一件以来、必然的に彼と接する機会が増えた私は、何故か彼に異様な程に懐かれてしまった。

これはこれで喜ぶところなのだが、私はもう昔の私じゃないのだ。
成長するにつれ、国政や軍事、国家の在り方についての関心は高まり、今や父の仕事の手伝いまでこなしている程だ。年頃の女子ではあるものの、煩悩にうつつを抜かしては出来る物も出来なくなってしまう。
それに、私は"傍観者"でいたかったのだ。必要以上の関わりを持って傷付くことになってしまえば、私に襲いかかる精神的ダメージは計り知れない。
軍職を目指してはいるものの、私は結構繊細な心の持ち主だと自負している。

この部屋は、お爺ちゃん…いや、提督が王牙学園内に特別に設けてくれた私の部屋だ。内装はなんだか応接室みたいな感じで、いつも一緒に昼食をとってる友人が忙しい時とか、学校で済ませたい課題や仕事なんかがある時はここを使っている。

私は今、教官に出された課題を片付けているところだった。
時計を確認したのだが、どうやら40分も寝てしまったようだ。

再び手をつけようと机の上に手を伸ばそうとしたのだが、この体勢では些か問題が生じてしまう。


「…なまえ、どうかしたのか。」

「別に。…ねえバダップ、そこの資料取って?」


少し遠いところにある紙を指差すと、彼はいつもの抑揚の無い声で断った。


「それくらい自分でやれ。」


……。


「…バダップ、私、貴方のこともっと厳格な人だと思ってた。少なくとも、こんなに簡単に、他人に心を許すような人間だとは思ってなかった。」

「それはお前の勝手なイメージだ。」


ブーツとスカートの間、いわば絶対領域の素肌部分を撫でられ、肩がびくりと跳ねてしまった。

バダップは後頭部を腹に向けて横向きに寝ているため、反応してしまったことがばれずに済んでほっとした。

この堅物、天然なのか、それとも全て計算なのか。


「…胸があたるの、どいて。」

「俺は別に構わない。」

「あ、貴方が構わなくても私が嫌なの!!」


しかも今は制服の前ボタンを開けてしまっている。
さて、この状況をどう回避しようか。
言い忘れていたが、私とこの男は恋人同士でもなければ、特に親しい仲というわけでもない。あくまでも、仕事仲間といった割り切った関係…のつもりだ、私は。


「ちょっと、こっち見ないでよ。」


余計取りにくくなっちゃったじゃない。


「……。」


くるりと方向を変え、熱っぽい視線を向けてくる紅い瞳。


「なまえ、」


こいつ、この後に及んで何を要求しようと言うのだ。


「撫でろ。」

「は?」


命令口調で放たれたその言葉に、私は一瞬彼が誰なのか本当に分からなくなった。

撫でろ、とは、やはり頭のことだろうか。


「早くしろ。」

「……。」


深いため息をついてから、私は彼の髪に触れた。
子供をあやすかのように優しく撫でてやると、バダップは手袋をしていない手のひらで私の頬を撫でた。


「私は、美しくて強くて、"完璧"なバダップ・スリードを崇拝してたのに。」

「そうか、では俺達は相思相愛ということだな。」


どう解釈すればそういう結論に至るんだこの天然マイペース。

頬を撫でていた手が離れたかと思うと、バダップは頭を撫でていない方の私の手をとり、自分の顔の前に持っていった。


「…小さいな。」

「まあ、生物学上は女だからね。」


そう言った直後のことだった。


――――ペロ


「っ!!!?」


悲鳴を上げなかったのは奇跡に近かった。

バダップが何をしたのかは瞬時に理解したものの、それを認識したのは少し後だった。

目線を下に戻せば、案の定彼は私の指を舐めていた。
ほんのりと頬を紅潮させ、ちろちろと赤い舌で私の指を舐める様は、別人と言ってもいい程に普段の彼とかけ離れていた。
発情期の猫ってこんな感じなのかなと、私は口元を引きつらせた。
はっきり言ってドン引きだよ、何してんのこいつ。


「バダップ、ちょっと貴方、何してっ!?」

「ん……。」


ちゅうっ。
抵抗を示そうとしたら、人差し指の先を吸われた。
手を離そうにも、しっかりと掴まれていて動かすことができない。


「っ、」


手のひら全体を啄むように甘噛みされ、アイスキャンディーのように舐めとられる。指の腹を舌先で伝うと、先端をしゃぶり、わざとらしい水音と共に解放されたかと思えば、光る銀の糸。手首を放されることはなく、再び感じてしまう熱。根元まで咥えられ、口内で弄ばれる。


「っ……はぁ、」


驚きと緊張から肺に溜まった熱を吐き出す為に、大きく息を吐いた。

声は出なくとも、呼吸が熱くなってしまう。こんなことで心拍数を上昇させてしまうだなんて、なんだか悔しい。

バダップの拘束が緩んだ一瞬の隙に、私は手の奪還に成功した。しかし安心したのも束の間、奴は勢いよく起き上がって体勢を変えると、ソファーの背もたれに縫い付けるかの如く私に覆い被さってきた。


「っ、何すんのよ。」


顔のすぐ横にあるバダップの両手首に、ぎりぎりと爪を立てる。それでも彼は顔色一つ変えなかった。それどころか、なんと私の頭を押さえて強引に舌をねじ込んできやがったのだ。


「ふっ、ぅ!!」


言っておくが、これは決して嬌声なんかじゃない、抵抗の言葉が許されずに途切れてしまっただけだ。


「ゃ、ちょっ…っ、」


にしてもなんて荒々しい口付けだ、呼吸が苦しい。
私の口内を舐め回すそれは、相手の事なんか一切考えず、ただ自分の欲望のために動いているとしか思えなかった。


「っは!!」


唇が離れ、窮屈だった肺に酸素が送り込まれる。まだ息が整っていないが、そんなこと言っている場合ではなかった。


「っ、ゃだ、…どういうつもり?」

「見て分からないか?」


カチャカチャと耳に届いた金属音。間違いなく、ベルトを外す音だ。分かるとか分からないとか、私だって馬鹿じゃない。
あれは拒絶の言葉だ、あんたこそ聞いて分かんないわけ?


「なまえ…。」


欲しがるように名前を呼ばれる。自分だけベルトに手をかけて、私の衣類に手を出してこないというのは、つまりは"そういうこと"なのだろう。

どうせ拒否権が無いのなら、嫌がっていたってしょうがない。

私はソファーから降りると、体勢を変えたバダップの脚の間に座った。


「…人って見かけによらないのね。」


悔し紛れにそう呟いて、恐る恐る下着に手を伸ばした。まったく、少し前までは言葉を交わすだけでときめいていたはずなのに。何故私は今こんなにも複雑な心境なのだろう。


「…やり方分かんないよ?」


そう言って顔を見上げると、心底愛おしそうに指先で唇を撫でられた。


「さっき教えただろう?」

「…ああ、そういうことなの。」


私がため息をつけば、私が大好きだったその顔が、憎たらしくも幸せそうに微笑んだ。


「最悪……このへんたい。」


でも結局、私は昔も今もこの人のこと大好きらしい。
だって、強制を強いられているのに、そんなに嫌じゃない…。










Aer you happy?





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テーマ「人外ファンタジー」
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