「なまえ、何だその髪は。反抗期か?」
登校早々、ザゴメルは私の髪色についてそう言ってきた。
「金髪ならまだしも、何で黒なのに反抗期なわけ?」
「いや…しかし、まさか本当にやるとは…。」
「まあね。やっぱり一度言ったら実行しないと気が済まないから。でも結構似合うでしょう?その内整形もしちゃおうかな。」
「止めておけ。」
呆れ顔のザゴメルは本気で整形しかねない私に対し、深いため息をついた。
「勿論一日染めだろう?」
「ううん、違う。」
「……。」
私は結った髪を弄りながらそう答えた。
私は元の色よりこっちの方が好きだし、特に後悔らしき後悔はしていない。だから別に戻さなくてもいい。ていうか伸びる髪は元の色のしてるし。
「…なあ、双子がそんなに嫌か?」
「アレが片割れだから嫌なの!」
"アレ"とは、私の実弟のことだ。
私達は所詮一卵性双生児というやつで、あいつが女顔寄りだから顔の造りはまったくもって瓜二つ。成長するにつれて男女の違いこそ出てくるだろうと思っていた。しかし変わるのは身体つきと身長だけ。どういうことだ。
「ミストレは知ってるのか?」
ミストレとは、つまりはミストレーネ・カルスのことであり、ザゴメルの今の言葉を丁寧に変換すると、"弟さんには教えたのか"ということになってしまう。
「言ってない。まあそのうち噂で広まるでしょうけど。」
自分の席につき、私は鏡を見ながらそう言った。
私は弟と違ってナルシストではないから、自分の顔に見惚れているわけではない。
私が見ているのは、この黒く染まった髪だ。
私の弟であるミストレは、あのバダップ・スリードに次ぐ学園No.2(悪く言えば万年二位)である上に、女の子に大人気、才色兼備な学園のアイドル様だ。
一方の私は、良くも悪くも頭も戦闘も学年平均のちょい上程度だし、私だってチヤホヤされたいのに、何故かある時期を境に男共はぷっつりと近づいて来なくなってしまい、まさに月とスッポン状態なのだ。
あーあ、私の方がお姉ちゃんなのになぁ。
と、こんな風にミストレと自分を比べる&比べられるのが嫌で、自分の容姿さえ憎くなる始末だ。何だよちくしょう。
可愛いだけじゃ駄目なのか、性格が駄目なのか。でも私いつもは猫被ってるのにおかしくない?何故バレた!?というかミストレだって相当性格悪いのに!!
「ザゴメル、何で私彼氏出来ないのかな?こんなに可愛いのにね。」
繰り返すようだが、私は別にナルシストなんかじゃない。ミストレが可愛い&カッコいい顔立ち"らしい"から、私だって当然美人…のはず。
「ザゴメルは普通に接してくれるのにね。」
「あーなまえ、それはだな…」
「なまえーッ!!!!」
「げぇ。」
ザゴメルの言葉を遮るように、教室に嫌な声が響き渡った。
扉の方を見やれば、案の定すごい形相のミストレがいた。
「おはようミストレ。」
私達はお互い寮暮らしだし、クラスも違うから、姉弟といえども会う機会は少ない……はずなのに、ミストレは毎日必ずと言っていいほど私のところにやって来る。いい加減にしてほしい。
ただでさえ面倒なのに、今日はいつもとはわけが違った。
「おはようじゃないよなまえ!!」
ミストレはつかつかと私に歩み寄ると、椅子に座っている私の頭をきつく抱き締めた。
「嗚呼、可哀想ななまえ……どうしたのこれ!?」
これ、とは、おそらく私の髪色のことだろう。というか、可哀想とか言うな。
「勘違いしないでミストレ、これ自分でやったの。」
「嘘!」
「嘘じゃない。」
ミストレは膝をついて私の腕を掴み、上目遣いで迫って来た。
「ねぇなまえ、どうしてオレに黙ってこんなことしたの?」
「だって絶対反対するじゃん。」
「当然だろ!?なまえったら、なんでいつも一人で勝手にそういうことしちゃうかな!?」
私達の見た目に関して言えば、私とミストレの考えは真っ向から異なる。
ミストレと似ていることが嫌いな私に対し、彼は私と"同じ"がいいらしい。
以前カラコンを入れた時も、私が外すと言うまで延々お説教された。髪を切ってしまった時なんか……ああ、思いだしたくもない。
「すぐに戻して!」
「嫌。」
「オレは飾らないなまえが好きだな〜?」
「じゃあこれを機に嫌いになって。」
「無理!」
そう言うなり、ミストレは私の腰に抱き付いた。
なぁんかちょっと周囲から黄色い声が聞こえてくるんだけど、まあ慣れたから気にしないでおく。
「朝っぱらからなにやってんだよミストレ。なまえが困ってんじゃねえか。」
「君には関係無い。」
「おはようエスカバー。」
私の隣の席であるエスカバは、ミストレの訪問をあまり快くはとらえていないようだった。
まあ、確かにいくら友達でもこれは、ね…。
「つか、なまえ髪染めたんだな。」
「どう、似合ってる?」
「ぇ…まあ、いいんじゃねえの…?」
エスカバがそう言ったと同時、私の腹に顔をつけていたミストレが彼を睨んだ。
*
「なまえ。」
「ん〜?」
自室のベッドでごろごろしていると、ミストレが訪ねて来た。
わざわざ起き上がるのも面倒だったので、部屋の自動システムを操作して扉を開けた。
「どうかしたのミストレ、何か用?」
「お説教しに来たんだよ。」
「またぁ!?」
「なまえがいけないんだよ?」
言うやいなや、ミストレはうつ伏せで雑誌を読んでいた私の上に乗り、ぴったりと体を密着させてきた。
「ちょっ、リアルに重い。」
文句を言ってもきかないのは知っている。抵抗しても無駄なことも。しかし長時間この体勢は地味に辛い。
こんな細い見た目してるが、中身は立派な王牙の男子生徒だ。鍛え上げられて筋肉の増した男の体が、重くないはずがない。
「退いて。」
「やだ。なまえがオレに乗ってくれるって言うんなら話は別だけどね。」
「じゃあ我慢する。」
「いい子。」
クスクスと小さく笑いながら、ミストレは私の耳に口付けを落とした。
こいつの過剰なスキンシップに関して、最初は驚いてもいたが、最近はもう慣れっこだ。慣れ、というか、半分は我慢に近いのかもしれない。私の反応を見て楽しむミストレがムカつくからだ。
気にすることなく雑誌のページをめくった瞬間。
「ひぁっ!?」
自分の喉から甲高い声が出た。
ミストレの手が服の中に侵入し、私の脇腹をするすると撫でている。
「ぁ、ゃ、やだっ、ちょ、ミストレ!!」
うつ伏せのまま体重で押さえつけられているため、抵抗も何もあったもんじゃない。
ぐぅ、くすぐったいっ!!
力の入った指先は、ぎりぎりとシーツに爪を立てていた。
「う、ゃ、やめてってば!?」
「駄目だよ、我慢して?」
「ミス、トレ?…」
耳元で囁やかれたのは、いつもより低い声だった。
なんだろう…少し、様子がおかしい。
そう思った途端、ミストレの手が更に深く侵入し、その触れる位置を変えた。
「ゃっ!?」
下乳に指先が触れた瞬間、驚きと同時に怖気が走った。
「ねえなまえ。君が前、勝手に髪を切った時、ちゃんと言ったよね?…次にこんなことしたらお仕置きだよ、って。」
「っ、だからってこんなっ!!私達家族なんだよ!?」
「そうだね。でもオレはなまえのコト家族って言葉"以上"になまえを愛してる。」
手が素肌から離れ、のしかかっていた重みが消えたかと思えば。私の体は反転させられ、ミストレと向き合う羽目になった。
再び全身に重なった圧力。
すぐ近くにある、普段鏡で見ている程にそっくりで憎らしい、綺麗で可愛らしい顔。
おんなじ目、おんなじ鼻、おんなじ口。眉も、瞳の色も、肌の色艶も。
「なまえ、オレの言う事きいて。」
「……嫌よ。」
「…聞き分けの悪い子だね。」
そう言いつつ、心底愛しそうに私の頬を撫でるミストレに、私は喉が熱くなった。
「っ、どうして!?どうして私がミストレの言いなりにならなきゃいけないの!!私はミストレの都合のいい着せ替え人形じゃない!!」
「……。」
溜まっていた不満が爆発して、溢れた涙が頬を伝った。
「容姿が同じでも、中身は別物なんだよ?声も違えば、性別も違う。心だって全然違う…。
……いい加減理解しなよ、
"自分大好きさん"」
言いたいことはそれだけ?
優しい微笑が、私の声を奪った。
重なった唇から口内を犯す、熱を持った舌。
そんな彼を拒めない私は、結局何なんだろうと思った。
こんなの、変だ。だって私達は、血を分け合った双子なのに。
力強い腕が、私の身体を抱き締める。
また、新しい滴が目から溢れた。
「きもちわるいよ、ミストレ。」
それにすごくくるしい。
海に溺れたお月様
恋した相手は海ではなくて
海面に映った自分自身
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