*






孫が女だと聞いた時は、落胆した。


私の子は娘が一人だったため、今度こそは立派な軍人になるべき男子を望んでいたからだ。



軍の会議があったため娘の出産には立ち会わず、その子が産まれてから数日後に病院へと赴いた。



「ああ、ヒビキ提督…」

「病院でまでそう呼ぶ必要はない。それより…」

「はい、こちらです、義父さん。」



普段着ている軍服を脱ぎ、先に病院で待っていた軽装の青年は、普段の威厳溢れる姿とは異なる雰囲気に変わり、私を病室へと案内した。



…話を聞くと、孫娘には不可解な点があるそうだ。

ここ数日泣かないどころか、その子は産声さえ上げずにこの世に生まれ落ちたという。しかし不思議なことに、声も出せれば笑うこともでき、身体的異常も無いとのことだった。


娘のいる病室の扉を開けると、ベッドの上に赤子特有の笑みを浮かべた孫娘を抱く娘の姿が見えた。



「お父さん、来てくれたのね。」



娘と同じように、小さな孫娘も私を見て笑顔を見せた。娘からその子を渡され、言われるがままに腕に抱いた。二つの黒瞳からは、赤子ながらに強い意志が感じられた。



「名は決まっているのか?」

「ええ。」



なまえ。

日本人古来の漆黒の瞳と髪を持つ孫娘は、名をなまえ・ヒビキとしてこの世に生を受けた。





…なまえが二つの時だっただろうか。
たまたまテレビで放送していた政府の演説を、なまえは幼いながらに熱心に見つめていた。
それはなまえが五つになっても変わることはなく、私の職に興味を抱いたなまえが軍職に就くことは、必然に思えた。


私がなまえに王牙学園への入学を勧めると、なまえはその黒い瞳を輝かせたのだった。






*






最初は暗い奴だと思ってた。


クラスに馴染んでなかったわけじゃなかったが、なまえはあまり他人と積極的に関わろうとはしなかったし、決まった奴等とつるむこともなかった。
休み時間になればいっつも1人でいたし、あいつが人間を見る様は、なんだかまるで観察してるみたいで気味が悪かった。



「エスカバ君、ペン落ちてたよ?」

「あ、悪ぃ。」



しかし時間が流れるにつれ、まあ、別に悪い奴ではないと、そう思うようになった。



「エスカバー、行かねーの?」

「今行く!……なあ、お前も来いよ?」



気紛れからそう声をかければ、なまえは一瞬目を見開いて、それから心底嬉しそうに笑った。



「いいや、行かない。でも誘ってくれて有難う。」

「そ、じゃあまたな。」

「うん、またねバメル君。」



一言で片付けるとしたら、不思議な奴だった。






*






「君、ヒビキ提督の孫なんだってね?」



声をかけたのは、単なる暇潰しだった。

実際それ程可愛くもなかったし、あまり興味をそそられる存在でもなかった。



「ミストレーネ・カルス…。」

「ねえ、少し話さない?」

「私と話してもつまらないよ?貴方の時間が無駄になっちゃうから断るよ、ごめんなさい。」



面倒なタイプだと思った。

けれど粗雑に扱われたのが気に食わなくて、オレは簡単に引き下がろうとは思わなかった。



「なまえってさ、オレのことどう思ってるの?」

「カッコいいし、すごく綺麗だと思うよ。」

「じゃあ好き?」

「あー、どちらかというと好き?結局私も面食いだから。でもカルス君はみんなのアイドルだからね、彼女になりたいとは思えないな。」

「オレは別に構わないよ?」

「へー、そう。」



深い口付けを交わせば、なまえは「流石カルス君だなぁ」と言って顔を赤らめていた。

普通。

一緒にいてもそれ程面白くもなかったし、特に気に入ったというわけでもなかった。どちらかというと、つまらない女だった。






*






「スリードさん、これ、ヒビキ提督に預かった書類です。」



なまえ・ヒビキは学園内において、自身の祖父を上官として扱っていた。
なまえが提督の孫娘だということは、学園内においては周知の事実だった。提督の孫という肩書きに恥じぬ程成績も上々で、上官達も優良生徒としてなまえを評価していた。

だからといって"特別"目立った存在というわけでもなかったが、俺は彼女に一目置いていた。



以前、なまえとこの国の未来について話したことがある。
彼女の話には同意する点もあれば、否定すべき点も多々あった。
なまえ・ヒビキの国の変革を思う志は強く、彼女はこの国にとって大きな役割を果たすことになるだろうと思った。


地味な女、普通すぎてつまらない子と、エスカバやミストレはそれぞれに言っていたが、俺はそうは思わなかった。


俺は幼少時に一度、軍関係者の集まる社交場でなまえに会ったことがある。
あの時俺を見た彼女の目には、好奇心とそれに伴う"何か"が映り込んでいた。



これは単なる勘にすぎないのだが、なまえは他の人間とは何かが違っていた。






*






3位、なまえ・ヒビキ。


集計データの表示されたディスプレイ上、孫娘の名は上から数えて三番目に堂々と存在していた。


王牙学園へ入学させたことは、やはり間違っていなかった。

なまえはあのバダップ・スリード程ではないものの、国を率いるべき資質を持って生まれた人間だった。


ただ、オペレーション・サンダーブレイクへの協力を拒んだことは感心しなかった。

私が参加してもしなくても、結果は変わらない。

なまえは読んでいる歴史書から目を逸すことなく、興味無さげにそう言ったのだ。



私は孫娘の描く未来は私と同じものに違いないと信じていたため、なまえの自由な発想や考えから生まれる新たな理論等の妨げにならぬよう、彼女に強制を強いることはしないと心に決めていた。







*






「お食事を持って来ましたよ、スリードさん。」



その日、いつも部屋に食事を運んでくる監視員は来ず、変わりに姿を現したのは、あのなまえ・ヒビキだった。



「監禁生活ご苦労様です、体調は大丈夫ですか?」

「ああ、特に問題は無い。」

「そうですか。」



オペレーション・サンダーブレイク。任務は失敗、そして俺に与えられた処罰がこれだ。
短期間における、ヒビキ提督の考えに同意する上官達の監視下における生活。

恐らく、円堂守の"呪文"の影響を受けた俺を危険視してのことだろう。



「どうでした?」



主語も無く、なまえは俺に向かってそう言った。



「どう、とは?」

「円堂君です、円堂守。素敵な人だったでしょう。」



表情こそ変えないものの、なまえは普段より弾んだ声を出した。



やはりなまえはオペレーション・サンダーブレイクのことを知っていたらしい。
いや、そもそもそうでなければここに姿を現すこともないだろう。
だが、ヒビキ提督の孫娘であるなまえが、円堂守のことを素敵、とは、一体どういうことなのか。



「あの試合を終えて、貴方は何か感じたはずです、バダップ・スリード。」



それは、確かな確信を持った言葉だった。



「私は、"この国"に失望している。」



なまえは抑揚の無い声でそう言った。



「今や軍は大きな力、発言力を持ってる。強い国家、強い民。そんな中も外もガチガチの強国作ってどうするのよ。国を守るため?でもそれじゃあまるで、紀元前のスパルタじゃない。」



言葉を重ねるにつれ、なまえの声には彼女の感情が滲み出てきた。



「挙げ句の果てにはサッカー禁止?いちスポーツまで制限しようとするなんて、この国は確実に窮屈な完全管理社会への道を辿ってると思わない?
まあ、数日前までの貴方なら否定しただろうけど。」



目の前で雄弁に話しているのは、俺の知らないなまえだった。



大してつまらない、普通の女?ミストレは何を見てそう言ったのだ。

なまえは、"普通"なんかじゃない。



「私は、この国を変える。」



強い光の灯った眼で、彼女は俺に向かってそう言った。

その光を持った彼女を、俺は初めて美しいと思った。


しかし、その先のなまえの言葉には、幾つか不可解な点があった。



「"前"は国とか政府とか、誰が総理大臣だとか、そんなのどうでもよかった。誰がどう動いたって、一市民である私の生活に影響を及ぼすなんて、思いもしなかったし。でも、"現在"は違う。この世界、この時代。ヒビキの名の元に生まれ、私は変わった。
…14歳。"前"は三角形の証明も出来なかった私が、"現在"は国の未来を想えるまでになっている。今の私には、それだけの力がある。」



監視カメラのある部屋だというのに、なまえは自分の意見を主張することを止めなかった。



「でも、流石に1人じゃ無理があるって気付いた。だから協力者を探してみたんだけど、結局貴方が一番適任なのかなあって。」

「?」

「だから、ずっと待ってたのよ、バダップ・スリード。
貴方達が、円堂カノンらを加えた、雷門に負けるのを。」



その言葉は、勝敗どころか、まるで最初から円堂カノンが助っ人を引き連れて現れることまでもを知っていたかのような口振りだった。



「この世界には、私が革命を、いいえ。カゼを起こす。
…なんてね。ちょっとカッコつけすぎたな。」



苦笑しながら差し出された手を、俺は躊躇いも無くとった。

指先が触れた瞬間、なまえの肩が小さく震えたのが分かった。



「…ヤバい、俄然やる気出てきた。」



そう言って小さく微笑んだなまえを見て、やはり彼女は他の人間とは違うと、俺は確信にも似た思いを抱いていた。



「よし、頑張ろう。」







!!

私が壊してさしあげよう。







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