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「さ、本気で来て構わないよ?」

「ふん、よっぽど鼻のガーゼが恋しいようね。」



オレが挑発の意を込めて放った言葉に、なまえは長い髪を掻き上げて笑った。

ギャラリーの入りも上々。そう、証人はこれくらいいてもらわないと。



「武器は無しでいいよね?…よそ見してると、顎を砕くからっ!!」

「!?」



なまえの靴先がオレの髪を掠める。どうやら挑発に乗ってくれたみたいだ。


いつも見ていた、翼を踊らせるようなしなやかな動きと違う、荒々しい動き。

精練された鋭さを失った、力任せの蹴り。

よほどオレのことが嫌いなんだろうな。
まあ、だから尚更イイんだけど。



「こんなこと言っちゃうのも何だけど、私、貴方の綺麗な顔を歪めることができるなんてすっごく嬉しい。」



なまえが笑った。



「それはオレの台詞だよ。」



あの金糸の様な艶のある髪、すらりと通った鼻、桜色の唇、そして長い睫毛に縁取られた深緋の瞳。

初めて見た時から、ずっと手に入れたいと思ってた。

生まれて初めて、自分以外の人間に見惚れた、美しいと思った。

彼女の持つ女神の如き美貌は、オレにとっては甘い花の毒だった。

狂おしい程の欲望は、正常な形では叶わないと知っているから。

いや、そもそもオレが彼女に抱いていたのは、甘酸っぱい恋愛感情などではなく、単なる独占欲だったのかもしれない。



「っ!!」



避け損ねたオレの手刀が、なまえの肩に入る。
痛みから漏れた鈴の声に、自分の口元が吊り上がるのが分かった。



「このっ!!」

「っ、」



横からきたなまえの蹴を腕で防ぐ。けどさすがにダメージを0にすることは無理で、一瞬指先が痺れてしまった。間を入れずに眼前繰り出されたなまえの拳を上に弾き、左足で彼女の脇腹に蹴を入れた。



「ぅあっ!!」



悲鳴にも近いなまえの声。あばら骨に踵をぶつけたんだ、ヒビでも出来たかな?



「なまえ、もう止める?」

「誰がっ!!」



そうだよね、このままだと君の負けだし。



「はあっ!!」



深緋の瞳は怒りに奮え、なまえが四肢を振るう度に長い髪が宙に踊る。その激高の感情は全てオレに向けられていると思うと、快感にも似た感情が背中からはい上がってくるのを感じた。



「…そろそろ我慢の限界かも。」

「!?」



いくらなまえが強くても、肉体的な男女の差は埋められない。だから彼女は攻撃を受け流してからのカウンターを主としていた。
それに彼女の戦闘なら、観覧席から何度も見てきた。
冷静さを欠いたなまえを打ち負かすことなんて、簡単だった。
打撃の際に伸ばされたなまえの腕を掴み、そのまま床に叩きつける。観覧席から悲鳴が上がったような気がしたが、そんなの関係無い。オレはなまえが起きる間も与えず、先程ダメージを与えた骨部分に足を乗せてじわじわと体重をかけた。
余程痛いのか、なまえの目には薄らと涙が滲んでいる。
苦痛の声を漏らさないように歯を食い縛り、その美しい顔を憎悪に歪めてオレを睨む様が、可愛くて仕方がなかった。

さすがにちょっと可哀想だったから足を退けてやると、なまえは小さく息を吐いた。



「オレの勝ちだね?」



にっこりと笑ってそう言えば、なまえは涙で潤んだ瞳で再びオレを睨んだ。
これだけの生徒が観戦する中、オレに与えられた屈辱の敗北。認めたくないと足掻く手を押さえ込み、彼女の首筋に顔を埋めた。



「ひっ!?」



耳元から酷く怯えた声が聞こえた。けれど、やめてあげるつもりはさらさら無い。
オレはなまえの首筋に犬歯を突き立てた。



「痛ッ!!」



口内に広がる鉄の味。顔を離してなまえを見下ろすと、彼女はこの世の終わりと言わんばかりに絶望的な表情を浮かべていた。
唇に付いたなまえの血を拭い、立ち上がって彼女に手を差し伸べる。



「さ、なまえ。医務室行こう?怪我させちゃったからね。」



優しく声をかけても、なまえはオレの手をとろうとはしなかった。



「…強情だなあ。」

「っ、嫌、何するのよ!!」



いわゆるお姫様だっこでなまえを抱き上げると、彼女は痛む体を動かして精一杯抵抗の意を示した。



「痛むんなら無理しないでよ。」

「誰のせいだと思ってるのよ!!」



暴れる彼女を抱く腕に力を込める。それだけで痛いのか、なまえは顔を歪めて大人しくなった。
オレは腕に力を込めたまま、医務室へと歩きだした。



「ねぇなまえ、オレと付き合ってよ。」

「嫌。」

「即答?酷いなぁ。」

「だって私、貴方のこと大嫌いだもの。」

「ふーん……。」



なまえはオレを好きにはならない。けれど、彼女は今、肉体的に弱った状態でオレの腕の中にいる。大衆の面前でオレに負けたことで、内心相当落ち込んでいるはずだ。



「なまえ、オレね…美しいモノは勿論大好きなんだけど、それを自分の手で穢すのはもっと好きなんだよ。」



数多の女の子が見惚れる天使の微笑みを浮かべ、弾んだ声でそう言えば、なまえはその細い指で俺の首を掴んだ。



「いくら女神様でも、翼を折られたらただのか弱い女の子だね。」



それでも必死に屈しまいと紅い瞳を尖らせる彼女は、やはりこの世の何より美しかった。









とりあえずキスから始めようか。






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