素敵企画羊水様提出/
*
敵の兵士なら幾らでも殺してきた。
返り血に髪を濡らすことにももう馴れた。
けれども人であることを止めた覚えは無い。しかし戦場において、情は命取りとなる。
それを知っておきながら、私は目の前の子供を殺せずにいた。
「……。」
まだ十にも満たないであろう彼女は土で汚れた布をはおり、膝を抱えて震えていた。
私は膝を折り、その子と視線を交わそうとした。
「君、」
刹那、子供の額に小さな穴が開き、彼女はぐしゃりと地面に崩れていった。
「…何するの。」
振り向けば、そこには銃を構えたバダップ・スリードがいた。
私の質問に答えること無く、バダップは少女の亡骸に近付き、肩にかかる布を剥いだ。
「……見ろ。」
死体の傍らには、旧式の銃が転がっていた。
「…ごめんなさい。」
本当は、知っていた。この少女が敵の兵士であるということを。
「でも、助けてあげたかったのよ。」
「助ける?君は何を言っている。」
…バダップの言う通りだ。彼が少女を撃っていなかったら、私がこの子に殺されていた。
「命を奪うことを躊躇うな。」
「そんなこと、分かってるわ。」
なにも敵を殺すことに罪悪感を感じているわけじゃない。
軍人の家系に生まれ、幼い時から国の、いや、この世界の未来を思って生きてきた。
けれど、とある戦場で、私は引き金を引くことを躊躇ってしまった。
「分かってる?分かってないからまた銃を下ろした、この子供に声をかけた!」
バダップは声を荒げ、私の左肩を掴んだ。
「忘れたわけではないだろう。」
「…ええ。」
私の左肩には、銃で撃たれた跡がある。
以前戦場で負った傷だ。
撃ったのは、そう…敵国の子供。
兵力の足りない国は、民間の人間さえ兵士として駆り出す。
民を捨てた時点で、後の国がもとのまま再生するなんて有り得ない。けれど国民が生きるためには、徴兵に従うしか道が無い。
国外に逃亡することも許されず、敵に投降することも恐怖が邪魔して出来ない。
投降すればただ殺されるだけだと、そう教え込まれているからだ。
「この国は、もう死んだわね。」
「俺達が先導国として導けばいい。」
「それを人は支配と呼ぶの。」
「この国の人間はそうは思わない。」
「……そうね。きっと皆喜んで従う。」
けれどそうして人々は、自ら踏み出すことを忘れてしまう。
"自分達の国"を築くことを、投げてしまう。
「…君は優し過ぎる。」
「優しくなんかないわ。」
バダップの後ろに見えた小さな影に向かって、引き金を二度引いた。
小さな影が勢いよく地面に崩れ落ち、またひとつ"国"の犠牲が増えた。
トン。
バダップが私の銃に指を置いた。
「何?」
「二回。」
「は?」
「対象が子供と分かっている時、君は必ず二回引き金を引く。痛みを感じさせることなく、一瞬かつ確実に殺すため。」
「……。」
「だが、君は一発でもそれが出来る。二発打つのは、罪悪感から来る恐怖を完全に拭い去るためだ。」
「…バダップ、貴方まさか私に軍人を止めろとでも言うつもり?」
「違う。」
「じゃあっ!?」
じゃあ、なんだって言うのよ……。
バダップの深紅の瞳が、私の淀んだ瞳を捕える。
「自ら命を捨てようなんて思うな。」
「何、言ってるの?」
口が歪な弧を描く。
ぼろり。
濁った涙が頬を伝った。
「殺されるつもりだったのだろう、この少女に。」
バダップが銃口で足元の死体を指す。
「それで、自分が救われるとでも思っているのか?」
「そんなこと…思ってると思う?」
返事の変わりに、バダップは汚れた手袋に包まれた手で私の涙を掬った。
「可笑しな話だわ。国を救済するために、国民の"未来"を殺すなんて。」
「繁栄も平和も、常に破壊とその犠牲の上に成り立つ物だ。」
少女の持っていた銃を拾い上げ、バダップはそれを私に渡した。
その銃を握ることを、
私は拒まなかった。
「…私が生きていることで、消える命がある。」
「だが君が生き抜くことで、救われる人間がいる事も確かだ。」
「いるはずがないわ、そんな愚かな人。」
破壊者はメシアになれない
だって誰一人、
笑顔を浮かべてくれやしない。
―――――――――――