素敵企画羊水様提出/






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敵の兵士なら幾らでも殺してきた。

返り血に髪を濡らすことにももう馴れた。

けれども人であることを止めた覚えは無い。しかし戦場において、情は命取りとなる。
それを知っておきながら、私は目の前の子供を殺せずにいた。



「……。」



まだ十にも満たないであろう彼女は土で汚れた布をはおり、膝を抱えて震えていた。

私は膝を折り、その子と視線を交わそうとした。



「君、」



刹那、子供の額に小さな穴が開き、彼女はぐしゃりと地面に崩れていった。



「…何するの。」



振り向けば、そこには銃を構えたバダップ・スリードがいた。

私の質問に答えること無く、バダップは少女の亡骸に近付き、肩にかかる布を剥いだ。



「……見ろ。」



死体の傍らには、旧式の銃が転がっていた。



「…ごめんなさい。」



本当は、知っていた。この少女が敵の兵士であるということを。



「でも、助けてあげたかったのよ。」

「助ける?君は何を言っている。」



…バダップの言う通りだ。彼が少女を撃っていなかったら、私がこの子に殺されていた。



「命を奪うことを躊躇うな。」

「そんなこと、分かってるわ。」



なにも敵を殺すことに罪悪感を感じているわけじゃない。
軍人の家系に生まれ、幼い時から国の、いや、この世界の未来を思って生きてきた。

けれど、とある戦場で、私は引き金を引くことを躊躇ってしまった。



「分かってる?分かってないからまた銃を下ろした、この子供に声をかけた!」



バダップは声を荒げ、私の左肩を掴んだ。



「忘れたわけではないだろう。」

「…ええ。」



私の左肩には、銃で撃たれた跡がある。
以前戦場で負った傷だ。
撃ったのは、そう…敵国の子供。

兵力の足りない国は、民間の人間さえ兵士として駆り出す。


民を捨てた時点で、後の国がもとのまま再生するなんて有り得ない。けれど国民が生きるためには、徴兵に従うしか道が無い。

国外に逃亡することも許されず、敵に投降することも恐怖が邪魔して出来ない。

投降すればただ殺されるだけだと、そう教え込まれているからだ。



「この国は、もう死んだわね。」

「俺達が先導国として導けばいい。」

「それを人は支配と呼ぶの。」

「この国の人間はそうは思わない。」

「……そうね。きっと皆喜んで従う。」



けれどそうして人々は、自ら踏み出すことを忘れてしまう。

"自分達の国"を築くことを、投げてしまう。



「…君は優し過ぎる。」

「優しくなんかないわ。」



バダップの後ろに見えた小さな影に向かって、引き金を二度引いた。

小さな影が勢いよく地面に崩れ落ち、またひとつ"国"の犠牲が増えた。





トン。



バダップが私の銃に指を置いた。



「何?」

「二回。」

「は?」

「対象が子供と分かっている時、君は必ず二回引き金を引く。痛みを感じさせることなく、一瞬かつ確実に殺すため。」

「……。」

「だが、君は一発でもそれが出来る。二発打つのは、罪悪感から来る恐怖を完全に拭い去るためだ。」

「…バダップ、貴方まさか私に軍人を止めろとでも言うつもり?」

「違う。」

「じゃあっ!?」



じゃあ、なんだって言うのよ……。



バダップの深紅の瞳が、私の淀んだ瞳を捕える。



「自ら命を捨てようなんて思うな。」

「何、言ってるの?」



口が歪な弧を描く。



ぼろり。
濁った涙が頬を伝った。




「殺されるつもりだったのだろう、この少女に。」



バダップが銃口で足元の死体を指す。



「それで、自分が救われるとでも思っているのか?」

「そんなこと…思ってると思う?」



返事の変わりに、バダップは汚れた手袋に包まれた手で私の涙を掬った。



「可笑しな話だわ。国を救済するために、国民の"未来"を殺すなんて。」

「繁栄も平和も、常に破壊とその犠牲の上に成り立つ物だ。」



少女の持っていた銃を拾い上げ、バダップはそれを私に渡した。



その銃を握ることを、
私は拒まなかった。



「…私が生きていることで、消える命がある。」

「だが君が生き抜くことで、救われる人間がいる事も確かだ。」

「いるはずがないわ、そんな愚かな人。」









だって誰一人、
笑顔を浮かべてくれやしない。




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