「なまえ!」

「任せて、ウルフレジェンド!!」



狼の覇気と冷気を纏ったボールは、立向居君の横を抜けてゴールに入った。



「……。」



自分で言うのもなんだけど、相変わらず凄まじい。
この世界の人体構造は一体どうなってるんだ、足から炎とか竜とか…正に超次元。



「なまえ、どうかしたのか?」

「え、ううん!何でもないよ染岡君!」



僕…いや、"私"には前世の記憶がある。

何がどうなったのかは知らないが、私が転生したのは"この世界"。
しかも自分の名前を聞いて驚いた。

吹雪なまえ、それが"僕"。
……え、何?つまり、え??あ、そうゆう事!?である。

この世界に生まれてきたことは正直嬉しい。というか、嬉し過ぎる。
一般的にこれは成り代わりというものなのだろうが、これなら展開的に"嫌われ"に走ることは無いだろう。
ちなみに、嫌われの夢小説が嫌いなわけではない。
むしろわりと好きな方だ。

それにしても皆カッコカワイイ、嗚呼素晴らしきこの世界…。



「ぁ、わ、なまえさん鼻血!!」

「ふ、え、嘘!?」

「またかよ!大丈夫かなまえ!?」



染岡君がタオルを投げてくれたので、とりあえずそれで鼻を押さえた。



「ごめんね皆…。」

「お前は軟弱なんだからあんま無理すんなっつってんだろ!?」

「あはは…僕も綱海君みたいに沖縄生まれだったらな。」

「気にすんなって、とりあえず休んでろ。」

「うん、ありがとう。」



違うんだよ、実は違うんだよ皆。北海道に罪は無いよ。雪国生まれが太陽に弱いだなんて思わないで。
悪いのは"私"の頭、もとい煩悩、つまりはやましい心が原因なんだから。



「なまえさん、大丈夫ですか?」

「音無さん、いつもごめん。」

「いえいえ、気にしないで下さい!」



春奈ちゃんが僕の頭に氷を当てる。

ああ、鬼道君が凄い見てる、尋常じゃないくらい見てる。僕今男だから仕方ないんだけど、いい加減怖いから止めてほしい。



「はぁ…。」

「どうかしましたかなまえさん?」

「僕、なんでこんなに弱いのかなって。」

「なまえさん…。」



違うよ春奈ちゃん、今のため息違う、本当は自分の弱さなんか考えてないごめん。



「僕…僕は、どうして…っ!!」



女の子としてこの世界に生まれて来なかったんだろ。



「もし……」



そうだったらなら、きっとキャラとの恋愛だって夢じゃなかったのに。
というか、今"私"が成り代わってる"僕"に会えないの相当ショック。
まあ姿形は完全に彼なのだけれど。



「なまえさん…。」



春奈ちゃんは僕を心配そうに見つめていた。
…いけないいけない、私は吹雪なまえなんだ、キャラクターと恋愛なんて、前世の幼稚な夢をいつまでも引きずってちゃいけない。



「ごめん、なんでもないよ音無さん。僕は、大丈夫…。」






*






「なまえが?」

「はい。韓国戦でのこともありますし、自分の身体が弱いこと、相当気にしてるみたいでした。」

「そうか…。しかし前のように精神的な問題でないとすれば、俺達にはどうにも出来ないな。」

「豪炎寺君、ジェネシス戦で彼にボールをぶつけていた君がそれを言うのかい?」

「ヒロト、お前こそ陽花戸で吹雪を病院送りにしただろう。」

「君みたいに故意に当てたわけじゃないし、オレはちゃんと謝った。」

「ヒロトも豪炎寺もやめろ!」

「お兄ちゃん…。」

「ともかくだ、あいつが悩んでんなら、俺達がまた支えてやるまでだ。」

「染岡の言う通りだ!あいつが俺達の仲間ってことに変わりはないんだからさ!!」

「キャプテン…そうですね。私達も、なるべくなまえさんを気に掛けてあげることにします。」





……どうしよう。



「なんか、僕の下らない悩みで、皆が原作にない、変な誤解をしちゃってるよ。」



風呂上がり。

宿舎で皆が話してるのを聞いてしまった僕は、壁に背を預けて冷や汗をかいていた。



でも、僕は一度、原作を変えようとしたことがある。

アツヤが死んだ、"あの日"だ。

そうなることを知っていたのに、僕はアツヤを助けることが出来なかった。
悔しくて、悲しくて、寂しくて。エイリア戦では本当に、病んだ。
だから、というわけではないが、今回もきっと気にすることは無い、大丈夫だ、問題ない。多分。

だってたかが鼻血だよ?
いい加減馴れなよ、私。



「でも…」



確かに、原作の筋書きを変えることは出来なかった。

けれど、一つ。"僕"には"変化"が起きている。



『なまえ〜、早く髪乾かさないと風邪引くぞ?』

「うん、分かってるよ、アツヤ。」



そう、僕の中にはまだアツヤがいる。

しかも"アツヤ"じゃない、"吹雪アツヤ"。
どうやらこの世界はアニメ設定で出来ているらしい。


しかし、これは…。



「ごめんねアツヤ、こんな頼りないお兄ちゃんで。」



部屋に戻って、僕はアツヤと喋っていた。



「本当は早くアツヤを成仏させてあげるべきなんだけど…」

『何言ってんだよなまえ!?俺はなまえが死ぬまで一緒にいて、また一緒に生まれてくるんだっつったろ!?』

「うん…ありがとうアツヤ。…ねえ、アツヤ。転生、って、信じる?」

『は?実際、なまえは女だった頃の前世の記憶があるんだろ?それに、俺がこうしてなまえの中にいるってのも現実だ。』

「女だった頃って、ははは。だからこうして半性同一性障害みたいな人生を歩んでるんだよ?未だに男子トイレ緊張しちゃうんだから、お風呂だってアツヤ以外の子と入れないんだから!」



恥ずかしいったらありゃしない。

初めてヒロト君にお風呂行こうって声かけられた時、心臓が止まるかと思った。



「それこそ鼻血大量出血で、僕死んじゃうよ。……お風呂場が大惨事、皆に迷惑かかる。」



だからお風呂は毎日1人で入ってる。



「自分が嫌になる。これから先が不安で仕方ないよ…。」

『なまえ、大丈夫だって、俺がついてるから!』

「アツヤ…そんなこと言ったって、こればっかりは仕方ないよ!!」



僕が音を立てて机を叩いたのと同時。



「吹雪!!」

「なまえ君!!」

「なまえ!!」

「うわぁ!!?」



豪炎寺君にヒロト君、それに染岡君!?
あわわ、皆お風呂上がりだよ!!髪が濡れてて色っぽいや!!



「なまえ、自分が嫌になるだなんて、何小っせぇ事言ってんだよお前!!」

「き、聞いてたの!?」

「ごめん、でも君が悩んでるなら力になりたくて。」

「や、だ、こっち来ないで!!」



ヒロト君、君が一番色気出てる、鎖骨綺麗、やばい、ホントやめて。



「吹雪、お前が頑張っているのは皆知っている。常人より身体が弱い位、誰も気にしていない!」

「僕は身体が弱くなんかない!!」

「なまえ…。」

「染岡君、そんな顔しないでよ。体調なんか、皆と一緒……本当だよ…。」



そう、悪いのは脳。



「なまえ君、」

「触らないで!!」



あ、シャンプーの匂いした、ヤバい、いい匂いだった、ヒロト君ヤバい。染岡君の腕逞しい、素敵。

って、何考えてんだ自分!!



「もう…やだ…。」



何なの、滅せよ、煩悩。



「吹雪、自分を責めるな!!」

「ひぃ!?っ、だってぇ…!!」



両手で肩なんか掴まないで豪炎寺君!



「僕が、悪いよ…今だって、こうして皆に迷惑かけてる。……ぅ、ぇ、助けてよ、アツヤぁ!!!!」

「吹雪!?」

「なまえ君!!」

「なまえ!!」



豪炎寺君の手を無理に払い、この空間から出ようとしたところ、皆に取り押さえられた。



「放して、放してぇ!!」

「吹雪、落ち着け!!」

「なまえ君、大丈夫だから!」



大丈夫?
後ろから豪炎寺君に右肩&右腕、染岡君に左肩&左腕を抑えられ、ヒロト君がお腹に抱きついているこの状態で、"私"が"大丈夫"と??



「大丈夫じゃないよっ!!やだ、やだやだやだ!アツヤ、アツヤぁ!!」

「なまえ、アツヤはもういねぇんだ!!」

「いるよ!!アツヤはいる!!」



皆は僕が錯乱していると勘違いしてるんだろう、がっちりと掴んで放してくれない。



『なまえ、大丈夫かよ!?』

「……大丈夫じゃ、ない。」



騒ぎを聞き付けたのか、他の皆も集まって来た。



「吹雪!?」

「なまえ、どうしたんだ!?」

「なまえさん、顔が真っ赤ですよ!?一旦横になりましょう?」

「うん…。」



やっと三人が離れてくれたので、僕は床にへたっと崩れた。



「ごめん、皆。…でも本当になんでもないんだよ。」

「気にするなよなまえ、とりあえずは休め、な!!」

「うん、ありがとう。キャプテン。」





次の日、僕は皆に謝った。

笑顔を見せたら、皆普通に接してくれて嬉しかった。

悩んだら、独りで抱え込まないで誰かに相談するって約束した。
そしたら皆も安心してくれたみたいで、僕もいろんな意味で安心した。



『ったく、気をつけろよななまえ!』

「うん、ごめんねアツヤ。」






*






その日は午後からミーティングで、僕は朝練が終わって部屋に戻るところだった。



「最近は立ち眩みさえ起きないし、調子いいんだよね。」

『油断すんなよ?』

「ふふ、分かってるよ。
…ねえアツヤ。」

『ん?』

「生まれ変わっても、ずっと一緒だよね?」

『だからそう言ってんだろ!』

「うん……ありがとう。」

『何しょぼくれてんだよ!』

「ごめんごめん。…あれ?」



自室の机の上に、小さな紙が置かれていた。



「手紙?」



まさかラブレターとかじゃないよね、そうゆう展開はいいからね!?



「何だろう……っ!?」

『なまえ、どうした!?』

「アツヤ、ど、どうしよ…!?キタ、ついにキタ!!」



涙出てきた。



『なまえ!?何で泣いてんだよ!?とりあえずその手紙誰からだ!!』

「ん、君…」

『誰って?』

「円堂、カノン君…。」

『はあ!?誰だよ!』



僕はへなへなと床に膝をついた。



「アツヤ…」

『何だ?』

「僕、今なら本気で風になれるよ。」

『なまえ、お前何言って…』

「さあアツヤ!僕たちの"現在"を守りに行くよ!!」

『え、ぁ、オイ!?』






皇子なんかじゃない

風に、なろうよ!!




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