食事を終えると、ナマエは俺に風呂に入るように言った。

吸血鬼は血の匂いに敏感らしく、本来は食事の前に済ませるべきだったのだが、風呂に入っているうちに体力を取り戻せば時間の短縮になるだの何だの…。



「だって食べ物から栄養を吸収するのを待ってる時間って、すごく煩わしいじゃない。」



……らしい。



「ところでエスカバ。シャンプーの使い方は知ってる?」

「それ位知ってるっつの。」



俺は4つの頃まで、普通の人間となんら変わらない暮らしをしていた。何も一般常識を何一つ知らないなんてことは無い。



「まあ、忘れちまってることの方が多いけどな。」

「ふぅん。…でも割と四歳じゃ知り得ないコトとか知ってるみたいじゃない。さっき童貞って言ったら動揺してたし?」



こいつ、こっちが答えにくいことを聞きやがって。



「それは、……他の奴に聞いた。」



実際、欲に駆られた奴等が交わる場面も見た。聞きたくない、嫌に高い喘ぎ声や水音が響く度に耳を塞いだ。
…ただ、そういう奴は決まって"負ける"。生きる事以外に執着を見つけたら終わる。
あそこはそういう場所だ。



「はいタオル、他に必要な物があったら言って頂戴。」

「ん。」



浴室はナマエの部屋に備え付けの物を使った。
血と消毒液以外の温水を浴びたのは久しぶりだった。






*






浴室を出ると、ナマエはベッドの上で本を読んでいるところだった。

俺が風呂から上がったのを確認すると、ナマエはつかつかと俺に歩み寄り、俺の顔をじっと見つめた。



「…んだよ?」

「んー、美味しそうだなぁって。」

「はぁ?」



俺のまだ濡れた髪から滴が垂れた。



「なぁんだ色気出せるじゃない、関心関心。そうでなくちゃ。」

「関心って、なっ!?」



言うなり、ナマエは俺に顔を近付けた。

足を引いて後退れば、背中が壁に付いて逃げ場を失ってしまった。


ゴリ。


シャツ越し、腹に変な感覚を感じたと思えば。



「抵抗したら殺すわよ?」



ナマエが俺の腹に銃口を当てていた。



「ちょ、待てよ、」

「十分待ったわ、貴方お風呂長いし。」



ナマエは俺の首に掛かったタオルを床に放り投げると、ぺろりと舌なめずりをした。

細い指が首筋をなぞり、悪寒とは違う刺激が背中に走った。



「言っておくけど、」



ナマエが俺の首に顔を近付けながら喋った。

息が掛かって、なんか気持ち悪い。



「吸血鬼に血を吸われるのが気持ち良いって話知ってる?」



聞いたことは、ある。

だが、実際体験したいと思ったことは無い。



「あれ嘘よ。」

「は?」



…いや、別期待してたわけじゃねーけど。



「だって出血するほど首を噛まれるのよ?痛いわけないじゃない!?」



ナマエの言い方は、まるで自分が誰かに血を吸われたことがあるようだった。



「きっと、下級の奴等が若い人間の血が吸いたいが為に流したのね。それか、吸われた奴が余程のマゾヒストだったのか。」

「…っ!!」



ナマエの唇が首に触れた。



「身体を強張らせてると逆に痛いわよ、力抜いて?」



いやいやいや、無理だろ。



「痛ってぇ!!」

「うるひゃい。」



二本の牙が突き刺さった。
しかし深く刺さったそれはすぐに抜かれ、ナマエは傷口から溢れる血を、唇で啄む様に嘗めとっていく。
血が止まらないように、時々傷口を甘噛みして出血を促される。



「ぁ、っ、おぃ!」



ヤバい、身体が変にむず痒い。

嘘だと?吸血行為が快感とはよく言ったもんだ。

っ、これは……。



「……。」



それまで胸部に添えられていたナマエの手が、肩に乗せられる。

俺は微弱なその力に身を任せ、ナマエの身体を包み込むように腕を回した。



「っ…、」



ナマエが口を動かす度、耳には小さな水音が届いた。

一度大きく舌で嘗めたかと思うと、ナマエは俺の肌から口を離した。



「…どうしたのエスカバ?」



どうしたのって、この女っ!!



「……っ、はぁー。」



俺は壁に背中を預けたまま、ずるずると床に崩れた。



「服が汚れないうちにさっさと傷を洗ってきなさい。確かに吸血鬼の血は細胞を活性化させるけど、唾液は傷口の治りを遅くするんだから!」

「あ、マジですか。」



つーかアノ後だっつのにテンション高ぇなこいつ…。



「お前、随分と元気だな。」



嫌味を込めてそう言えば、ナマエは訳が分からないといった風に眉をよせた。



「当たり前じゃない。私は血を吸った方なんだし。……まあ、確かに個人差はあるわね。血を吸ったら興奮状態に陥って人間を殺しちゃったり、あと、相手の辛そうな顔見て性欲高まらせちゃったり!?」

「!!?」



ナマエは急に声を荒げ、ソファーに乗っていたクッションを投げつけた。
言っておくが、俺は一切悪くない。



「……ま、私にとってはお風呂上がりの珈琲牛乳のような物よ。だから安心なさい。」

「珈琲牛乳って……つか、噛まれんのに安心も何も無えだろ。」

「何か不満なの?」



俺は逃げるように洗面所へと向かった。





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