「ん……。」



先程とは違い、目覚めはそれなりに良かった。

疲れていた身体は見たことのないような高価なベッドの上にあったし、何より傷の痛みを感じない。
柄でもない天蓋に囲まれた寝床に少し抵抗を覚えたが、それ以上に羽毛の柔らかな感覚が心地よかった。



今までまともな寝床で寝たことなんざ無かったしな…。



もう一度眠りにつこうかとも思ったが、俺はある違和感に気付いた。

肌に密着した、他の人物の身体の感触と気配。
斜め下へと視線をやれば、そこには寝間着姿で静かに寝息をたてるあの女。

…だがしかし、それ以上に重大な問題がある。


俺、今服、着てねえ。


唯一身に付けている物といえばこの忌々しい首輪だけ。



……。



「どわあぁっ!?」

「っ!?」



混乱のあまり、俺は女を蹴飛ばしてしまった。

ベッドがデカかったおかげで、なんとか転落せずに済んだものの。女はダメージを負った腹を抱え、その紅い眼で俺を睨んだ。



「っ、何すんのよこの馬鹿!!」

「ぁ、わ、悪ぃ!その、ちょっと驚いちまって…。」



そう弁解する俺の手には、しっかりと布団が握られている。



「服は血が染み込んでたから脱がせただけよ。そんなに心配しなくても、アンタの童貞奪う程私は飢えてないから安心しなさい。」

「なっ!?」



こいつ綺麗な顔しといてなんてこと言いやがる!?



「ったくもう…いくら不死身ったって蹴られりゃそれなりに痛いんだから。」

「不死身…?」



こいつ、やっぱり…。



「お前、吸血鬼か?」

「あら、馬鹿でもそれくらいは分かるのね。」



吸血鬼の血を飲んだから、腹の傷も消えたのか。



「んで、早速で悪いんだけど…。」

「なんだよ?」

「貴方の血を頂戴?せっかく目覚めるまで待ってあげたのよ?貴方の意識が無いうちに飲み過ぎて死なれても面白くないから、私ずっと待ってたんだから。」

「なっ、ま!?」



女の白い手が肩に置かれる。
俺はベッドに押し戻されかけ、なんとか女を止めようと試みる。
傷は塞がったものの、血液が戻ったわけじゃない。現にまだ身体はダルいし、頭だって少しクラクラする。

それを伝えると、女はそれも確かにと身を退いた。



「じゃあ朝食にしましょう。何か食べたい物とかある?」

「は?」

「なあに"出来損ない"、まさか貴方、吸血鬼は夜間にしか活動出来ないとか思ってるの?」

「いや、そうじゃなくて。その、好きな食い物とか聞かれても、さ。」



俺が昨日まで生きてきたあの施設では、飯なんざろくに旨いと感じた事が無かった。食事は錠剤やカプセル、点滴で与えられることの方が多かったし、ちゃんとした食事だとしても、味なんか考える必要はない。

なんせ俺達は……。



「ああ、なるほどね。分かったわ"出来損ない"。じゃあ食事を用意させるから、まずは服を着て頂戴。」



はい、と女が手渡したのは、下着とズボンとシャツ、それとベストという、意外と簡単な物だった。



「ぁ、あっち向いてろよ。」



布団の中でごそごそと着替えるわけにもいかないので、女に向かってそう言うと、女は息を吹き出して笑った。



「何笑ってんだよ!?」

「ははっ、だって!出来損ないでお馬鹿さんのくせに、恥じらいだけはちゃっかり持ち合わせてるんだもの!!」

「悪かったな!」

「ふふ…じゃあ、私も着替えなきゃ。貴方こそ覗かないでね?」

「分かってるっつの!!」



女はベッドから降りると、クローゼットやらが置いてあるであろう隣の部屋に行った。


俺は与えられら衣類に袖を通し、ベッドから降りようとすると、そこに黒い靴が用意されていることに気が付いた。



「終わったかしら?」

「ぉ、おう…。」

「ふーん、中々似合ってるじゃない。」



一通り着替え終わった俺を見て、黒いフリルのついたワンピースドレスを着た女は満足気に頷いた。



「ああ、でも…。」



白い手が俺の首に伸びる。



「これ、邪魔ね。」

「ぇ?」



パキン。


小さな音がした。



「こんなもの、もういらなでしょう?」

「ぁ……。」



女の手には、壊れた首輪があった。ずっと俺を縛り続けていた物が、この吸血鬼の少女によって外された。



「首輪なんか、私が後で新しいのをあげる。」



そんなもんいらねーよと、本来であればそう言ってるはずだ。


けど、何を思ったのか俺は…。



「…ありがと、な。」



そう言ってしまった。




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