「か、はっ……!?」



"対戦相手"の手が俺の腹から抜かれる。

大きく開けられた穴からは俺の血が流れ、傷だらけの床に赤い水溜まりを作り、俺の"敗北"が決まった。



「くそ、ふざけン、なっ…!!」



負ける訳にはいかない。この瞬間での負けは俺の"廃棄"に繋がる。



「俺は、まだっ!!」



戦える。

なのに、白衣を来た研究員達は遠隔操作で俺達の首輪に強力な電流を流した。



「ぅ、あ…!?」



それまで俺を見下していた対戦相手の奴が床に崩れた。

機械で出来たこの首輪は外れたことが無く、俺達は力無い研究員の代わりであるこの首輪によって"管理"されていた。



「残念だよエスカ。君には期待していたんだがね…。」



見慣れた白衣のジジイがそう呟いた。
生き残ることは叶わないなら、せめてそいつをぶっ殺してやろうと考えたが、それも虚しく、俺は脳に直接流れた電流によって意識を手放した。






*






目覚めは最悪だった。

相変わらず腹の傷からは血が流れてるし、指先はまだ痺れてる。

しかも周りはバラバラになった死体だらけときたもんだ。



ああ、アイツも今日負けたのか…。



近くに転がっていた、何度か会話を交わしたことのある奴の首を見てそんなことを考えていると、少し離れた所から音が聞こえた。

薄暗くてよくは見えないが、あれは間違い無く刃物で肉を切る音。しかも骨ごと。

…そういや、噂で聞いたことあるな。焼却炉を使うのには無駄な金を使うから、死体は切り刻んで小さくしてから燃やすんだの何だの。



「さて…あ?…んだよ起きてんのか。お前最悪なタイミングで目ぇ覚ましたな。今回はお前で最後だ。」



自分が優位な立場に立っていると確信しているそいつは、随分とムカつく笑い声を上げた。



「そりゃ確かにな。」



自重気味に笑ってやれば、近付いて来た体格のいい男は大きな刀の切っ先を俺の首に向けた。



「首を落とすんだろ?なら首輪の上んとこから切ってくれよ。」

「言われなくともそうするさ。そりゃ使い回し物だからな。」



…あーあ。

結局、俺が自由になれんのは死んだ後ってことかよ。

神様っー奴がいんなら一番に呪ってやる。いや、こんなトコに俺を売った両親が先か。



男が刀を振りかざす。





死を覚悟したその瞬間、部屋に銃声が響いた。



男の胸には小さな穴が空いており、そいつは勢いよく床に崩れた。



「うわぁ……。ナマエ、この部屋凄い臭いだよ、鼻がおかしくなりそうだ。」

「そうね、貴方には辛いかも。私もあんまりいい気持ちじゃない。」



その場に似合わない、能天気な男女の声。



「だってこいつら全員不味そうなんだもん。」



女の方がため息をつく。

そりゃあ死体見て食欲湧く方がどうかしてるだろ。



「?…ナマエ、人間の呼吸の臭いがする。」



獣の唸り声が聞こえる。

なんだ?
こいつら、人間じゃないのか?



「何、まだいたの?今ので最後だと思ってたのに。」



足音が近づいて来る。

つーか、今あの女何て言った?
まさかこの施設の奴等全員殺したってのか。あり得ねぇだろ。



「あら…。」



女は俺と同じ位の歳に見えた。

上質な服に、雪の様に白い肌。そして何よりその美貌。一目見ればどこぞの貴族の令嬢様だ。

けどそんな普通の少女が銃なんかぶら下げてるはずがない。



「貴方は…美味しそうね。」



女がしゃがんで俺の腹を撫でた。そいつがその指先に着いた血を小さな舌で舐めとる様は、なんだか官能的に見えた。

しかし、俺はそれがまたとないチャンスだということに気付いた。



「ぇ、きゃっ!?」



俺は小柄なそいつを押し倒し、握られていた銃を奪った。



「ナマエ!?」



もう一人、いや、もう一匹も姿を見せた。青みがかった毛の狼、しかもデカい。
俺が女の額に銃を突き付けているせいか、狼はただ唸り声を上げているだけだった。



…施設の奴等が死んだなら、俺は廃棄されずに済む、殺されずに済む。こいつらを殺してここを出れば、俺は……!!



「ふ、ふふふっ。」

「この状況で何笑ってんだよ。」

「だって…あはは!」

「黙れよ、撃つぞ。」



指先に力を込める。

普通なら怯えるところだってのに、そいつは唇を吊り上げて余裕の笑みを浮かべた。



「どうぞ?どうせその銃じゃ私を殺すことなんか出来ないから。」

「は、何言って…」

「駄目だよナマエ!ただでさえ無断でここに来たのに、ナマエの顔に傷なんか付けて帰ったら俺がミストレに殺されちゃうよ!」

「平気よ。どうせ数時間あれば跡もさっぱり消えちゃうし、その間部屋に籠もってればいいんだから。」



狼が人の言葉で叫ぶ。



……やばい、視界がぼやけてきた。血を流し過ぎたな。息もなんか苦しいし。




俺が弱っているのを見抜いたのか、女は隙をついて俺の手から銃を落とし、俺を押し返した。
背中から全員に鈍い衝撃が走り、俺の喉からは呻き声が漏れた。


「形勢逆転、ね?」

「…っ、は、…クソッ!」



さっきから自分の息がおかしいことはなんとなく分かってはいたが、ついに上手く呼吸が出来ない。
まさか、俺はここで死ぬのか?

…んだよ、さっきまで死ぬ事なんざ怖くなかったのに、なんで、今更……涙なんか滲んできやがる。



「"出来損ない"、貴方を助けてあげるわ。」



この状況で俺が、その言葉に縋らない訳がなかった。


「その代わり、私に忠誠を誓える?」



この際、死なずに済むなら何でもいい。



「はぁ、っ、ち、かぅ!!」



俺がそう言うと、女は満足気に微笑んだ。



「…いい子ね。」



自らの牙で唇に小さな傷を作り、そのまま俺の口にその唇を重ねる。

俺の知る鉄のそれとは違う、甘い味がした。
頭がぼーっとする…。





「ああ、私、この子飼うから。」




少女が狼にそう言ったのを境に、俺は意識を手放した。




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