「で、私を押し倒してどうするつもり?」
ほんのり頬を紅潮させ、黒い瞳をぼんやりと虚ろにしたエスカバに意地悪く囁いてやると、彼は私の口元に自分の首筋を当てがった。
噛めということなのだろうか。
しかし誤って頸動脈を裂いてしまったりしては命を落とす。唇の位置をそっとずらして牙を立てると、エスカバの体が小さく震えた。
普段より、私を抱き締める腕に力が入っている。
これじゃあ逃がさないって言われてるようなものだ、まったく、私の方が捕食者だっていうのに。
まあ仕方ないか。エスカバにとっては、これだけが私に必要とされる理由…傍に置いてもらえる方法なんだから…。
呻き声と喘ぎ声の間のような、くぐもった声が耳に届く。
うん、耳障りなようで心地いい。駆り立てられた支配欲が、口内に広がる甘い味によって満たされていくのを感じた。
「?」
徐々に、身体を拘束する腕の力が弱くなってきたのを感じた。…血を吸い過ぎたのかな?
「エスカバ?」
頭に手を添えてみると、穏やかな寝息が聞こえて来た。
「……はぁ。」
まあお約束の展開だよね。
呆れからため息を一つこぼすと、エスカバの肩を掴んで体勢を仰向けに変えてやった。
社交場で蓄積された疲労にアルコール。おまけに貧血ってところ?加減はしてたつもりなんだけどなぁ…。
そう口を尖らせつつ、私はシャンパンを冷やしていた氷を一つ摘み、畳んだハンカチの上に置いた。
それを両手で包み、氷を溶かす。ハンカチがある程度濡れたら、それでエスカバの傷口を拭いてあげた。
「ねえ、なんで私がここまでしてあげてると思う?」
唾液の付いた傷口は血が流れ続け、放置すればやがて生命を維持するだけの血液量を下回ってしまう。
別に、それも構わない。本来吸血鬼にとって、ホムンクルスとは人間、動物以下の汚れた存在なのだから。
「でも、捨てないから…安心していいよ。」
まったく、私も随分と変わったものだ。
…エスカバを破棄するつもりは無い。けれど私は先程喉を通った血の味に、微かな違和感を感じていた。
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