部屋に入ると、ナマエは俺にテーブルに置いてあったシャンパンを開けるように言った。
言われた通りに栓を抜いて中身を細いグラスに注げば、金色の液体が灯りを反射して煌めいた。
客間にしてはやけに豪華なテーブルにそれを置くと、ナマエは不満そうに俺を見た。
「2つ。貴方の分も。」
「はぁ?いいよ俺は。第一飲めねえし。」
「知らないそんな規則。主のご機嫌取りも仕事のうちよ?」
そう言われてとりあえず2つのグラスにシャンパンを注いだが、俺は手を着けなかった。
重い腰をソファーに沈め、胸の内を蠢く感情の名前を探してみる。
机の上に置いたシャンパンの泡が弾けて消える様子を、ただじっと見つめていた。
ナマエは自分のを飲み終えたのか、ナマエが椅子を立ち俺の隣に腰を下ろした。
するとどうにも俺に酒を飲ませることを観念したようで、ナマエは放置されていた俺のシャンパンに手を伸ばし、その中身を小さな口へと注いでいた。
カタン、とグラスを机に戻したかと思えば、白く小さな手は俺の頬へと触れた。
促されるままナマエの方へと顔を向ければ、血のように深く惑わしい真紅の色。
「……!?」
その色に見惚れていると、いきなりナマエが唇を重ねて来た。
そりゃあ多少は驚いたものの、ナマエが触れた途端、俺の心を覆っていた淀みが微かに薄れたような気がした。
だがそんな温かな気持ちも、次のナマエの行動により一瞬で消え失せることになる。
「っ、なッ!!!?」
し、舌ぁ!?
ふざけんなこいつ何考えて、っ!?
反論の余地も与えず、開きかけた唇の隙間から液体が流れ込んで来た。
あ、あり得ねぇ…口移しで酒飲ませるとか、どういう神経してんだよ…。
零れた分が肌を伝い染みになる。くらり、と、一瞬脳が揺れた気がした。
なんだ?
妙に頭がぼうっとする…。
「エスカバ、」
「っ…。」
耳元で名前を囁かれた。それだけなのに、そこからビリビリと微弱な電流が広がった気がした。
「言ってごらん。」
貴方、何がそんなに怖いの?
「ぁ…。」
唇をなぞる指先が、靄の奥の本音を引き摺り出そうと蠢く。
目的は違えど方法は同じ、女の"誘惑"。けれどさっきの女とじゃわけが違う。
こいつは、ナマエだ。
「ナマエ…。」
自分から顔を近付け、今度は俺の方から唇を重ね舌を絡める。時折漏れる荒い呼吸と水音が、俺の本能を煽った。
「……な。」
「ん?」
俺を、捨てるな。
そう口にすれば、頬に何がが伝う感覚があった。
「…女々しい狗ね。」
短いため息の後、ナマエは微笑んでそう言った。
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