施設にいた時とはまた別の意味で生きた心地がしなかった。

社交辞令の挨拶回りに、新しくナマエに仕える身として、御披露目の意味を込めたダンス。
するべきことを一通り済ませた俺は、思いの外こった首を回してため息をついた。
ダンスに関しては足を絡ませることも無く、他のペアとの接触も無く終われてよかった。



「…疲れた。」

「ちょっと、駄目よそんな顔してちゃ。この私に仕えてるんだから、もっと完璧でいるよう努めて?」

「んなこと言ったって…。」



こっちは礼儀作法実践すんのに頭使ってるってのに、その上始終上っ面の笑顔浮かべていなければならないとなれば疲れるのも当然だ。

第一、そんなもの俺には全くと言っていい程に縁が無かったから、口元が引きつらないようにするだけで精一杯だ。これがナマエの隣にいる条件だと言うのなら、俺はそのヒロトって奴を尊敬する。



「ああ、見てエスカバ!」

「ん?」



突然、ナマエは嬉々とした様子で俺の腕を掴んだ。

視線の先を追えば、そこにはすらりと鼻の通った金髪碧眼の美男子がいた。



「クルーガー子爵よ、綺麗な人でしょ?」

「へー…。」



そう紹介されても、所詮吸血鬼なんて美形で当然だ。
そう考えると、やっぱり俺は場違いなんじゃねえかとまた少し不安になる。



「あ。」

「?」



ナマエは高い壁に埋め込まれた大型の時計を見ると、思い出したように口元を押さえた。



「そうだエスカバ、私ミストレのところ行かないと。」

「は?別いいだろあんな奴、適当な女見つけて楽しんでんだろ。」

「そうだろうけど、そういうわけにもいかないよ。あんまり面白くないけど、決まりだもの。」

「決まり?」

「うん、だからその間声をかけられても、ちゃんと笑顔で受け答えてね?気になった子とお話ししててもいいけど、多分すぐ終わるから、曲が終わるころにはフリーでいてよ?」

「…分かったよ。」



するりと離れていくナマエの腕に、俺はなんだか虚しさを覚えた。





ナマエの向かった先には既にミストレが待っていて、ごく自然な流れで手をとるその姿は、文句のつけようがない程に美しく、完璧だった。
端から見ても、正にお似合いの二人といった感じだ。




そして間もなく、鐘の音が響き渡った。

音楽が止み、場の空気が変わったのが分かった。
先程までは社交ダンスといった、一種の男女の交流の場として在った空間は、一層その質を上げたように感じられる。

そしてその場に立つ男女のペアは、俺がそれまで見たものとは明らかに感じが違った。

厳かかつ和か、薔薇の様に優美でいて朿が無い。

そこに立つナマエと俺の間には、目には見えない、決して越えることのできない線が引かれているように感じた。




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