今から30年ほど前。
一人の男が同族である吸血鬼を裏切り、教会側へと身を移した。
彼はそこでホムンクルス製造を目標する聖職者達に知恵を貸し、男の存在を危険視した"上"は、ついに男の抹殺命令を下した。
男の名は影山澪治。
彼は鬼道の恩師であったため、任務には鬼道侑人が自ら名乗りを上げ、影山は鬼道の手によって2年前にこの世を去った。
「んで、当時影山にいいように利用されてた俺は、縁あって鬼道クンに拾われたってわけ。」
不動は飲み物の入ったグラスをくるくると回し、それを飲み干すと再び俺を見た。
「言っておくが、俺はお前と違ってペットってわけじゃねえ。…教会が中で二つに分かれてんのは知ってんだろ?」
お前と違ってって…まあいいか。
「ああ、ホムンクルス賛成派と反対派だろ?」
「そうだ。俺の目的は、俺の人生をぶち壊しやがった聖職者共に復習することだ。だが、何も全部ぶっ潰そうとは思っちゃいねえ。俺も吸血鬼達も、賛成派さえ消えてくれりゃあいいんだ。俺としても、吸血鬼兼権力者の鬼道や佐久間と一緒にいると都合がいいんだよ。」
カラン。
グラスの中で氷が音を立てる。
「お前は、何かの目的があるようには見えねえな。」
俺が返答に迷っていると、不動は口角を吊り上げて笑った。
「まさに、拾われた兎ちゃんだな。」
「んな可愛いモンじゃねえよ。」
俺が睨んでも、不動は生意気な表情を崩すことはなかった。
「たが、ナマエがな…お前、随分といいタイミングで逃げ出したじゃねーの。」
「猫のことか?」
俺がそう聞くと、不動は少し驚いた表情を見せた。
どうやら当たったようだ。
「何だ、知ってたのかよ。」
不動…いや、ここにいる奴等の殆どが、俺がナマエに拾われた理由を誤って認識している。"猫"とやらを失った傷心のナマエが、脱走に成功したはいいが死にかけてた俺を寂しさから拾ったとでも言うのだろう。
まあ、そう通っていた方がいいのは確かなんだけどよ…。
「お前、自分がどんだけツイてるか分かってんの?」
空のグラスをメイドに渡し、不動は呆れ顔で呟いた。
「分かってるよ。ちょっと前に比べたら、こっちは天国も同然だな。」
壁に背を付けたままシャンデリアを見上げ、施設での苦い記憶に眉をひそめた。
すると不動は、今度は少し可笑しそうに、「そうじゃねえよ。」と小さく笑った。
「お前が思ってる以上に、お前のご主人様は強い。王族の血を引いてて、しかもあのバダップ・スリードの妹ときたもんだ。女だが、吸血鬼としての力なら粛正者の佐久間と同格。権力だけで言えば鬼道より上だ。」
「へえ…。なんかよく分かんねえけど、ナマエってすげえんだな。」
「ああ。
誰も口には出さねえが、ナマエに引っ付いてたアイツがいなくなった今、お前の"場所"を狙ってる奴だって少なくねえんだ。」
「忠告ってやつか?ご丁寧にどーも。」
どうやら根はいい奴らしいな。
「ま、精々捨てられねーように気を付けるんだな。」
『その場合は殺すわ。当然!』
不動の言葉に、以前見たナマエの残酷な笑顔を思い出した。
「…ナマエはそんなことしねーよ。」
「どうだか。あのお姫様は気紛れだからな。利用価値以前に、女としても相当な上玉だしな。」
「うっ、…」
それは確かに、納得せざるをえない。
やべえ、なんか急に不安になって来た。
俺が苦い顔をしたのを見て、不動はまた笑っていた。
「心配しすぎだっつの。どっちにしろ、あいつにはミストレーネ・カルスがいるんだ、適当な男になびくことぁまずねえよ。」
「は?それってどういう…」
不動の意味ありげな言葉に、俺が聞き返そうとした時。
「あー!!」
「ん?」
騒がしい声がしたと思ったら、腕を誰かに掴まれた感覚があった。
振り返ると、そこには青緑の髪を正装に似合わない真っ赤なバンダナでまとめた男がいた。
「よかったぁちゃんと会えて!!」
「お前、」
「あ、不動さん!お久しぶりです!!」
…え、誰だこいつ。
―――――――――――