ナマエに指示された通りに歩を進めると、数分もしないうちに豪華なパーティーホールへと着いた。
優雅なオーケストラの演奏と、美しく着飾った男女。
その広い空間には、俺の見たことない光景が在った。
多分、普通に人として暮していても、こんなきらびやかな場所に足を踏み入れることはなかっただろう。
ただ、ここにいる奴等のほとんどが人間じゃないことを思い出すと、情けなくはあるが恐怖心を抱かずにはいられなかった。
「なあ、ナマエ…。」
「大丈夫。私がついてるじゃない。」
幾つもあるシャンデリアの光に照らされ、ナマエの髪はダイヤの粉を散らしたかのように輝いていた。
何人かが俺達に気付き、ナマエの姿を見て感嘆の息を漏らしていた。
一層お美しくなられただとか、流石はバダップ様の妹君、だとか…。
どうやら、というか、やはり、ナマエはそれなりに有名人らしい。
さっきから周りの視線が痛くて仕方がない。
そんな中、人混みの中を器用に歩いてナマエに話しかけた男がいた。
「ナマエ、久しぶりだな。」
「侑人!」
ユウト、というのは、間違いなくこいつの名前だろう。
その侑人とやらに話しかけられると、ナマエは俺と組んでいた腕を解いた。
深緑の洋服に赤いビロードマント、それとドレッドヘアと深紅の瞳。
多分、ここにいる奴等の中でも特に位の高い吸血鬼。
「あまりにも綺麗になったものだから、見違えた。」
「はは、ありがと。」
ごく自然な流れで、そいつはレースの手袋に包まれたナマエの手の甲に口付けを落とした。
社交辞令の挨拶とは分かっていても、俺の思考には黒い靄がかかった。
「ナマエ!!」
「次郎!それに不動も…元気そうで何よりだわ。」
ドレッドヘアの男に付き添うように、二人の男が歩み出た。
眼帯の男は優雅に礼をしてみせたが、緑色の目をしたモヒカン頭はただポケットに手を入れて立っているだけで、とても育ちがいいようには見えなかった。
「テメーもな。そっちは噂の脱兎ちゃんかよ?」
モヒカンが俺を顎で差した。
脱兎ちゃんって、こいつ…。
「そうよ、エスカバって言うの。エスカバ、こちらは吸血鬼の鬼道侑人と佐久間次郎。」
宜しく、と。ドレッドは小さく笑ったが、眼帯の方は俺を探るような目で見ていた。
「あと、今は訳あって侑人の世話になってる不動明王。」
一通り紹介を済ませ、2、3言葉を交えた後、何やら重要な話があるようで、ナマエはあの鬼道と佐久間っつー奴と一緒に別室へと移動してしまった。
十数分で終わるとのことだったので、残された俺と不動は壁に背を預け、賑やかな会場で話が終わるのを待つことにした。
「お前は行かなくてよかったのかよ?」
隣にいる不動にそう話し掛けると、不動は別にといったふうに足を組み換えた。
「俺は聖職者さえ殺せればそれで満足なんだよ。秩序やら協定やら、難しいことは吸血鬼達にやらせときゃあいい。」
「…お前も吸血鬼なんじゃないのか?」
俺が首を傾げると、不動は俺を見て嘲笑を浮かべた。
「あんなお上品で堅苦しい奴等と一緒にすんじゃねえよ。…俺はホムンクルスだ、アンタと同じ、な。」
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