能力の活性化だと?
違う、寧ろその逆。
あの男が摂取していたのはおそらく、力の制御及びホムンクルスの匂いを消す薬品だ。
再生能力が低かったというのは、その副作用か何かだろう。
…エスカバの首にはナマエに噛まれた跡が無かった。
吸血鬼に牙を立てられれば、少なくとも一月は傷痕が残るはず…。数日間薬を打っていないせいで、体が徐々にホムンクルスの能力を取り戻し始めているのか?
「……。」
彼は完全なホムンクルスとなる為に施設にいたはずだ。
ならば何故、その進化を抑える必要があったのか…。
*
「お兄様!、あの……。」
自室に戻ると、ナマエとミストレが扉の前で待っていた。
「…構わない、入れ。」
扉を開けて入室を促すと、二人は室内に足を踏み入れたものの、ナマエは下を向いていた。
ミストレもその隣に立っている。
「……ごめんなさい。」
「…お前が何をしたかったのかは、分かっているつもりだ。だが、軽率な行動は時に周りをも傷つける。今回は内部処理として済んだものの、次は無い。」
「もうしない、誓うよ…。」
ナマエが喉から絞りだすようにそう言うと、ミストレは俯くナマエの頭を引き寄せて髪に口付けた。
「ナマエ、あの猫のことはもう忘れた方がいい。あいつ自身もそう言っていただろ?」
「……うん。」
言い聞かせるように柔らかい口調でそう言われれば、ナマエは小さく返事をした。
俺は短く息を吐くと、自分の椅子に腰掛け、引き出しから幾つかの封筒を取り出した。
「…それは?」
ミストレの視線がこちらに向けられる。
「エスカバのいた施設の資料と、それ関する教会の動きについてだ。今回の件に関しては、上も首をかしげている。……ナマエ、」
「?」
厄介事を抱えてしまったとは思わない。あの男をここに置くことで、ナマエが危険な行動に出ないのであればむしろ助かる。俺やミストレが邸を留守にしている最中は、彼がナマエを制してくれるだろう。
だが……。
「エスカバは、ただのホムンクルスではない。」
あいつ、一体何者だ。
*
エスカバがただのホムンクルスじゃないって、どういうことだろう。
完全体ってわけでもなさそうだし…。
まあ、他の個体(ホムンクルス)と比べたらかなり人臭くて、血がそこらの人間よりずっと美味しい位で…。
「ナマエっ、」
「なあに?」
部屋に戻ると、エスカバがソファーを立って近寄って来た。エスカバは何かを確認するように私の全身を見たかと思うと、いきなり肩を掴んで顔を近付けた。
「ちょ、いきなり何っ?」
「ナマエ、お前ミストレに何もされてねーよな?」
「はぁ?」
…ああ、なるほど。
さっき見てたのは衣服の乱れか。こちとら真面目なお話してたっていうのに焦っちゃって、可愛いなあ。
「何も、って、一体どこからがされたことに入るのかしら?」
少し意地悪く微笑めば、エスカバは私の肩に手を置いたまま下を向いた。
「っ、……か、過剰なスキンシップ。」
「ぷ、ははっ、なにそれ!」
黒い髪から覗く耳は赤くなっていて、触るとやっぱり熱を持っていた。
「心配してくれてたの?」
「ば、そんなんじゃねーよ!!」
「ふふ、あっそ。…別に少しお話してただけよ、何もしてない。」
「ならいいけどよ…。」
エスカバの手の力が緩んだので、それを払ってからベッドドレスを取って床に投げた。
「おい、」
エスカバがそれを拾って私に声をかけた。けれど、私は気にすることもなしに靴のボタンに手を掛けた。
「…ちょっと疲れちゃったの、少し寝かせて頂戴。」
ああ、でもこのままベッドで寝たら皺がついちゃうな。
「エスカバ。」
「あ?」
「ソファーに座って?膝を貸してほしいの。」
「構わねえけど、クッションでも使った方がいいんじゃねえか?」
躊躇いがちにそう口にする様子を見て、やっぱりこの子を連れ帰ったのは間違いじゃなかったと自分を褒めた。
「貴方がいいの。」
そう言って微笑めば、エスカバは無言でソファーに腰を下ろした。
エスカバの隣に座って、頭を彼の太股の上に置いた。
やや筋肉質なそこは、ゆっくりと眠りにつくには少し具合が悪いかもしれない。
けれど私が目を閉じ、しばらくしてからぎこちなく私の髪に触れてきた彼の指は、気持ち良かった。
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