数秒の間を置いて、バダップが口を開いた。
「施設壊滅の理由がホムンクルスの暴走というのは、事実ではないな。どちらかといえば、君は人の匂いの方が強い。これでよくその歳まで"生き残れた"ものだ。」
「…そりゃどうも。」
「……施設を襲ったのは、ナマエだな。」
バダップがいきなりそう言い当てたもんだから、俺は目を見開いた。
「なんでそう思うんだよ?」
「反応を見ていれば分かる。」
バダップは紅茶を飲み終えたティーカップを置くと、ティーポッドに手を伸ばした。
「それに、"猫"の件もあるしな…。」
また猫かよ…一体何なんだ、その猫って奴は。
「ナマエがやったってことは、教会は知ってんのか?」
「おそらく知っている、奴等はああ見えて抜け目が無い。内部処理として片付けられたのは、正直助かった。」
「ナマエが教会に狙われるからか?」
「違うが、まあ似たようなものだな。
……ミストレーネ・カルス。あれは"粛正者"だ。教会が被害届を出し、王国が作成した"リスト"に名前が載れば、ミストレはナマエを殺さなければならない。人間を殺した犯罪者としてな。」
「……。」
二杯目の紅茶に口をつけるバダップを見て、俺は緊張から口が渇くのを感じていた。
「勝手な行動は慎むようにと、後で俺からも言っておく。だが、君にも監視役として、ナマエについていてほしい。」
「…分かった、ちゃんと見張ってる。」
俺がそう言うと、バダップはほんの少しだけ表情を和らげた。
「けどよ、何で教会は内部処理なんか…」
「そこだ。」
ナマエが権力者であるバダップの妹だからって線は、どうやら薄いらしい。
「教会は、君を探している。しかも生け捕りにすることが絶対条件らしい。多少の傷は付けても、四肢を使えなくしてはならない。
…たかが出来損ないのホムンクルス一体に、そこまでする理由が分からない。君は何か心当たりはあるか?」
「心当たりなんか……。」
「では、他の個体とは違う、何か特別な扱いを受けたことは?」
「特別ったって、実際俺も"廃棄"寸前だったわけだし……あ。」
そうだ、一つだけ、俺が他の奴等と違っていたこと。
「注射…」
「注射?…何かの薬か?」
「よく分かんねぇけど、週に一回は必ず射った。多分、俺は他の奴等より再生能力が弱かったから、能力の活性化かなんかの薬だと思う。」
「……そうか。」
バダップは俺を一瞥すると、再びティーカップを置いて席を立った。
「先程も言った通り、君がこの邸にいることを拒む理由は無い。必要な物があれば、俺かナマエに言うといい。」
「ゎ、分かった。……あの、」
「何だ?」
扉に手を掛けたバダップが振り返る。
「あ、ありがとよ…。」
一応言っておかねぇと…。
そう言って頭をかけば、バダップは表情を変えずに短く返事をしただけだった。
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