「バダップ・スリードだ。名前で呼んでくれて構わない。」
所変わらずナマエの部屋。
テーブルには紅茶、それを囲むソファーに座る俺の位置はというと。隣にはナマエ、俺達の目の前にナマエの兄貴、もといバダップ。
そして右90度先にはミストレ。
「えっとねお兄様、実は…。」
「大体察しはついている。」
ナマエが話を切り出そうとしたのだが、バダップはそう言ってティーカップに口を付けた。
俺は話がどう運ぶのか不安で、正直紅茶なんか飲んでる場合じゃなかったが、視界の端に移るミストレはスプーン片手に紅茶にミルクを入れていた。
「ミストレ。」
「ん?」
「"教会"がホムンクルスの研究を行っているのは知っているだろう。」
「何今更、それがどうかしたの?」
「先日、"製造"したホムンクルスの育成を目的とした施設が一つ壊滅したそうだ。」
バダップがそう言ったのと同時、それまで御機嫌だったナマエの顔が引きつった。
「…そんな話聞いてない。」
「情報としては新しいからな、俺が遅れた理由はそれだ。」
教会のホムンクルスに関する施設は、まだ数える程にしか存在していないと聞く。
その場所を知る人間は当事者である教会の奴等だけ。
「誰がやったの?」
ミストレの目が鋭くなる。
その質問に、バダップは答えなかった。
…脅威となるべき危険性を持つホムンクルス。吸血鬼側が施設の存在を知ってもなお、それを潰そうと動かない理由。
それは教会の顔とホムンクルスの死体にある。
教会は古くから国民の近くにあった、国に無くてはならない存在だ。礼拝堂は勿論、年中行事や宗教儀式も、教会が無くては成り立たない。教会を潰すことは同時に、人間の社会への干渉、それ自体を崩してしまうことに繋がる。
そしてホムンクルスの死体は、人間と一切の違いが見られない。
原因はおそらく、完全なホムンクルスでないことだ。
心臓が止まれば、俺達は最後にはただの人間に戻れる。
例え吸血鬼や人狼がホムンクルスの施設を襲ったとして、そこに残るのは、人間の死体だけだ。
教会は化け物が人を殺したという事実だけを世間に晒す。
そうして信頼のおける賛同者を募らせ、悪循環が始まる。自分達の命を守る存在として、子供を研究者に捧げる馬鹿な親だっている位だ…。
「教会は?」
「それが、どうやら教会はこの事を内部で片付けるらしい。」
「え、」
「何それ、どういうこと?」
バダップの言葉に、ナマエとミストレはそれぞれの反応を見せた。
「施設から一体、ホムンクルスが脱走した。例え吸血鬼の仕業だとしても、教会はそのホムンクルスの暴走として事を処理するそうだ。」
「ちょっと待ってよ、その暴走したホムンクルスってまさか…。」
ミストレが俺を見る。
俺は確かに施設を出たが、暴走した記憶は無い。
話の流れに首を傾げていると、バダップが再び口を開いた。
「教会がホムンクルスをそう易々と"外"に出すはずがない。脱走したとされているのは十中八九君のことだろうな。…ナマエ、彼をどうやって手に入れた。」
「道で倒れてるのを拾った。だからもう私の。別にわざわざ教会なんかに返さなくてもいいでしょう?」
ナマエが請うと、バダップは二つ返事で「構わない。」と言った。……軽っ。
ミストレはそれに対し文句を垂れていたが、バダップはそれを軽くあしらっていた。
「俺も教会は好かないしな、手を貸してやる必要は無い。」
「そうだけど…。」
「それに、ナマエが傍に置きたいと言っている。好きにさせてやれ。」
その言葉に、俺は胸を撫で下ろした。
「やった、ありがとうお兄様!良かったぁ!!」
ナマエは喜びの衝動が抑えきれなかったのか、俺に抱き付いてきた。
俺も嬉しかったけど、バダップの手前あまり調子に乗ることば出来ない。
「エスカバ、と言ったな。」
「ぁ、ああ。」
「ナマエ、ミストレ、席を外せ。」
非難の声が飛ぶと思いきや、ミストレはにやりと口角を吊り上げた。
…んの野郎、ナマエに手出したらただじゃおかねえ。
「席を外せって、ここ私のお部屋…」
「バダップがこう言ってるんだ、行こうナマエ。」
「……。」
納得のいかない顔をしたまま席を立ったナマエの腰に手を回し、ミストレは扉に手をかけた。
「話、長くなるでしょ?」
「すぐに済む。」
「あらら、残念。」
二人が部屋から出ていくと、妙な沈黙が俺達の間に流れた。
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