人狼はともかく、吸血鬼達と人間社会の間には、遥か昔に互いの生存権を認める不可侵締結が結ばれている。
吸血鬼は普通の食事を行えるものの、最低でも月に1回は人の血液を得なければならない。
見た目が美しい吸血鬼達は、人間を誘惑して、人間の"同意"の上でその肌に牙を立てる。
しかし罪を犯す人間がいるのと同じで、人を襲う吸血鬼が消える訳もない。
吸血鬼による人間への被害は珍しくない。
そういった吸血鬼は、役目を担う一部の吸血鬼によって粛正されるらしい。
"王国"は今まで通りに吸血鬼達とのより良い共存を目指しているが、それに異を唱えているのが"教会"と呼ばれる聖職者の組織。
奴等は人間の平和だの神の意志だの銘打って、人間以外の化け物共を全て滅ぼそうとしている。
表向きは王国の方針に従っているが、裏では俺みたいな子供を数えきれない程犠牲にしてる。
ホムンクルスとは、錬金術師が死体から造ったとされる化け物だ。
だが今の時代、ホムンクルスは"教会"の手によって、成長期を迎える時期の人間の子供から作られる。
ホムンクルスの研究は一般的には禁止されている。
だからあの施設のことを、世の人間は知らない。
"教会"がホムンクルスを必要とする理由は、吸血鬼と人狼を殺すためだ。
聖職者達は吸血鬼を銀の弾丸で殺すことが出来るが、手慣れたハンターでない限り、聖職者側の勝算は低い。
それに人狼はその脚力で銃弾を避けるため、純粋に力で渡り合わなければならない。
一方、ホムンクルスの特長は、常人離れした力と再生能力。
しかし教会は未だ、完全なホムンクルスの誕生を成功させたことはなく。何百年も前、とある錬金術師が生きた子供から錬成した二体が最初で最後と聞く。
俺はろくに再生能力も持ち得ない、出来損ないだった。
*
「んで、何なのこいつ。」
身支度を整えて朝食の席につくと、深緑の髪を丁寧に結い上げた男が俺を睨んだ。
「エスカバよ。私の新しいペット。」
ナマエはパンをちぎりながら答えた。
「そーゆーこと聞いてるんじゃないんだけど。……はぁ。ナマエさぁ、"仕事"から疲れて帰って来て、一刻も早く君に触れたいと急いてベッドに潜り込んだ結果、朝目覚めたら野郎の腕の中だったっていうオレの気持ち分かる!?」
「分かんないわよそんなの。っていうか、なんで気付かないの?私こんな逞しい身体してないから。」
……なんだこれ。
なんかすっげー居心地悪いんだけど。
俺は普通に飯食ってていいのか?
「ああ、エスカバ、これはミストレーネ・カルス。長いからミストレでいいわ。お兄様の部下で、今はこの邸に暮らしてるの。」
「一緒に住んでんのかよ…。」
不安要素が一つ増えたな。
「よろしくねエスバカ君。せいぜいオレに殺されないように気を付けて?」
言い終えると同時、ミストレは俺目がけてテーブルにあったナイフを投げてきた。
俺はそれを空中で掴むと、そのままテーブルの上に置いた。
「随分とマナーのなってねえ貴族様だな?」
「へぇ、やるじゃないか、"出来損ない"のくせに。」
「てめぇ…。」
「止めなさいエスカバ、ミストレが本気を出したら貴方確実に死ぬわよ。ミストレも、エスカバは私のなんだから、勝手に壊すのは止めて。」
「…あーあ、"アイツ"の次はコレか。せっかくナマエを独り占め出来ると思ってたのになぁ。」
アイツ?
ああ、ナマエの言ってた猫のことか。
「それはそうとミストレ、お兄様は?」
ナマエのその言葉にミストレは目を見開いた。
「え、まだ帰ってないの?」
「一緒じゃなかったの!?」
あ、このジュースうめぇ。
「いや、帰りは別々で…。」
「っ、そうよね。"仕事"終わりの貴方から、女物の香水の匂いなんてするはずないもの。どうせどっかの女と寝て来たんでしょ?」
「吸血鬼だからね。食欲と性欲には適わないよ。ねーナマエ、今夜はオレの部屋においでよ?」
オイお前等何の話してんだ、今朝だぞ、しかも第三者のいる朝食の席で。
場をわきまえろっつの。
「嫌。」
「えー…最近てんで御無沙汰じゃないか。ナマエ、溜まってない?」
「別にぃ?いざとなったらエスカバ使うからいい。」
「ブッ!?っ、げほッ!!」
いきなり何言い出すんだこの女!!つーか"使う"ってどういうことだ!!そもそもお前等そういう関係だったのかよ!?
言いたいことは沢山あるが、咳が邪魔して何一つ口に出せない。
「何むせてんのよみっともない。」
「ケホっ……。」
どっから突っ込んでいいのか分かんねぇ。
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