03




「グラン!」

「ん、ああ、ガゼル。どうかした?」

「とぼけるな!
貴様、昨日エリオを何処に連れ出した!!」


昨日、エリオは練習に顔を出さなかった。サボるとは何事かと説教するつもりでいたが、帰って来た彼女はすぐに部屋に閉じこもってしまい、ドア越しに声をかけても、返事が無かった。そして今朝、廊下で会った彼女の目は、真っ赤に腫れていた。頬にも、涙の跡があった。どうしたのか、何を聞いても正しい返答が得られなかったので、気が進まなかったが、バーンに彼女について何か知らないかと尋ねると、昨日はグランと共に何処かへ出かけたとのことだった。


「ちょっと北海道に行ってたんだ。雷門とジェミニストームの試合を見にね。」

「ジェミニだと?」


嫌な予感がした。


「ああ、まだ全体への報告は行き渡ってなかったんだね。その試合、雷門が勝ったんだ。」

「何だと!?」


ということは、ジェミニストームは…。


「っ!!グラン、何故エリオを連れて行った!?」

「何故、って…」


和葉とリュウジは幼い頃、二人一緒にお日様園に預けられた。和葉は突如として訪れた環境の変化に対し、不安や戸惑いを隠せないでいた。そんな彼女の支えは、生まれながらにして隣に在る双子の弟、リュウジだった。和葉は常に弟の陰に隠れ、いつもびくびくと怯えていた。
しかし、彼女が涙を流すことは、絶対に無かった。彼女が泣きそうになると必ず、リュウジがその手を取って慰めていたからだ。
やがて和葉はこの場所や私たちにも慣れ、弟の陰に隠れることも無くなった。
だが、エリオがリュウジを大切に思う感情は、それから先も変わることは無かった。


「オレも、エリオを思ってやったことなんだけどな。」

「どこがっ…!!」

「ただ一言、"ジェミニストームは負けた、だから追放した。"そう言い放たれるよりは、実際に見た方が納得するだろうと思ってね。」

「……。」

「オレは、彼女に"最後"をあげただけだよ。」


彼の顔を見る、最後の機会をね。
そう言って、困ったように笑うグランを、私はやはり大嫌いだと思った。


「…でも、間違ってたのかな。」

「…知るか。」


彼女が涙を流さずに済む選択肢なんか、きっと存在しなくって…。






*






部屋に戻った私は、自身の髪に手を当て、彼女の名を呟いた。



「エリオ……」




何故、君は"弟"しか見ないのか。


君が私に溺れるのなら、ジェミニの追放に、そこまで心を砕くことはなかったのに。



「エリオ、私は…」





いっそその傷に、付け入ってしまおうか。






*






「……。」


数日前、ジェミニストームが追放されてからと言うもの、私は生きた心地がしなかった。何度かキャプテンやチームの皆がドアを叩いたけど、それも全部、耳を塞いで聞こえないフリをした。


いつかこうなると、心の何処かで分かってはいた。

…ではどうすれば良かったと言うのだろう。キャプテンの言う通り、彼とは一定の距離を持って接するべきだった?いや、それじゃあかえって後悔が大きくなる。


「…リュウジ。」


不安な時や泣きそうな時。手を握ってくれたのは、リュウジだった。それが今はどうだろう。


「私、ひとり…。」



君がいない。

それだけで、私は酷く弱い存在になってしまう。


「……。」


いつまでも引き摺っていてはいけないと、脳が言う。

そうだ、キャプテンやダイヤモンドダストの皆に、迷惑はかけられない。


「…気分転換でもしよう。」

そう簡単に、気持ちの切り替えなんか出来ないだろうけど。



「そうだ、京都へ行こう!」


虚栄を張って、独りきりの部屋でそう叫んだ。






*






「わぁ…」


キャプテンからこっそりと黒いボールを拝借して訪れた初めての京都は、私にとって細やかな慰めとなってくれた。


「綺麗な町…。」


いかにも日本といった古風な街並み、橋の下から聞こえる水のせせらぎ、道を行く人の笑顔。

しかし、それらに魅力を感じる度に、心にぽっかりと空いた穴を実感する羽目となった。


「これでリュウジが隣にいてくれたらなぁ…」


そう何度思ったことだろう。


「お嬢さん、なぁに悩んでンの?」

「ぇ?」

「ちょっとおれらと遊ばない?嫌な事全部忘れさせてあげるよ?」


町外れの橋の縁で涼んでいると、二人組の男に声をかけられた。ああ、やっぱチャラ男ってどこにでもいるもんだなと感心していると、一人が私の腕を掴んだ。


「ちょっと、ゃだ!」

「えー、いいじゃん!」


聞き分けの悪いチャラ男共に、袋に入れた黒いボールでもお見舞いしてやろうかと思ったその時。突如として、何故か彼らは鈍い音を立てて川へと落下した。


「君、大丈夫?」


転がるサッカーボール。こちらに駆け寄って来たのは…


「ぁ、…」


あの、雷門イレブンの吹雪士郎だった。






*






「どうして私を助けたの?」

「え?だって、嫌がってるみたいだったから。女の子を助けるのは、当然でしょう?」


穏やかに笑う彼に、私は身の内に秘める憎悪を必死に抑えた。

だって、こいつさえいなければ、ジェミニは雷門なんかに負けることなんかなかった。

仮に、いつか時間の問題だったのだとしても、私はこいつが許せなかった。


「雷門の、吹雪さん…だよね?」

「え、なんで僕のこと知ってるの?」

「テレビでやってたから…。」
「あ、そっか。じゃあ、君の名前も教えて?」

「……和葉。緑川、和葉。」




双子と言っても、私とリュウジは顔がそこまでそっくりという訳ではない。
それに、今の私はどこにでもいる"普通の女の子"。レーゼの双子の姉だなんて、こちらから言わなければ気付かないはずだ。


「吹雪君、は、どうして雷門イレブンと一緒に旅をしているの?もう自分の学校は守れたんでしょう?」

「それは…うーん。難しい質問だけど、しいて言うなら、皆が僕のことを必要って言ってくれたからかな?」

「…そうなんだ。」

「うん。それにね、まだエイリア学園の破壊が終わったわけじゃないし、悲しい思いをしている人達の力になれるなら、協力したいと思って。」

「悲しい思いをしている人達…。」


そうだ。あの日、雷門の勝利を喜んだ人達が、一体どれだけいたのだろう。
彼らの為に涙した人が、私以外にいたのだろうか?


「って、え!和葉ちゃん!?」

「ご、めんなさっ…」


抑えていた涙が、再び流れだす。会話の途中で急に泣き出すなんて、おかしな奴って思われたかな。


「和葉ちゃん、大丈夫?」

「えっ、と…。」


大丈夫と返したいけど、涙は止まってくれない。
吹雪士郎は、そんな私の涙を、自分のハンカチで拭いてくれた。


「吹雪、君…」

「気にしないで。」


そんなことをされたら、甘えてしまう。


私から大切な人を奪った、大嫌いな君に…



「どうしたの?」


お願いだから、優しい声で頭なんて撫でないで。


「…っ、吹雪君は、」



貴方なんかに、この苦しみが分かる?


「大切な人を、自らの半身を、失った悲しみを知ってる?」

「ぇ……。」


彼の動きが、止まったような気がした。

するとどうだろう、彼は哀しそうに笑って…



「……知ってるよ。」



今度は、私が驚かされる番だった。


「ぇ…」

「僕は、弟を…家族を…昔、事故で失ったんだ。」


それはまるで、自身に言い聞かせているみたいだった。

どうしても諦めのつかない自分に、無理矢理納得させるかのように…。



「ごめんなさいっ!!悲しいこと聞いちゃって…」

「ううん、気にしないでいいよ。」


あの様子だと、私を慰めるための嘘だとは考えにくい。

そうか、彼も、私と同じ…。


「あ、僕そろそろ行かないと。きっと皆待ってるから。」

「はい。…あの、みっともないところをお見せしました。それに、失礼なこと言って…。
…応援、してますね?」

「うん、ありがとう。」


彼の笑顔に、私は確かな安心感を覚えた。



「絶対、負けないで。」



あの日、何故か彼に言えなかった言葉。


吹雪士郎は優しい顔で、私に手を振った。







大嫌いな君の幸福を、心から祈ってる。




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