01
「我々は、遠き星よりやって来た、星の使途である。」
自分の目の前にいる、鮮やかな薄緑の髪をした少年は、普段は滅多に見せない凛々しい表情をしてそう言った。
「……どう?」
「ふふ、いい感じ!大分様になってるよ、リュウジ。」
「ホント?」
「うん、将来俳優なれる。」
「はは、それは言い過ぎ。」
照れたようにはにかむ少年に、向かい合う少女も微笑んだ。
*
胸元まである緑の髪を揺らし、少女は長い廊下を足速に歩いていた。
「エリオ、そんなに急ぐと転ぶぞ。」
「あ、キャプテン!」
少女の足を止めたのは、水色がかった銀髪の少年だった。
「だって、そろそろジェミニの皆が帰って来ると思ってさ。」
少女は少年の顔を見ると、嬉しそうにその理由を話した。しかしその逆に、銀髪の少年はそんな彼女を怪訝そうに見つめた。
「…エリオ、君は少し、この私が率いるダイヤモンドダストの一員だということを自覚するべきだ。セカンドランクであるジェミニストームのことなんて、気に掛ける必要は無いよ。」
彼らは今、星の使途研究所…現在世間を騒がせている"エイリア学園"の本拠地にいた。青を基調としたユニホームを身にまとう銀髪の少年の名は"ガゼル"。エイリア学園マスターランク、ダイヤモンドダストのキャプテンだ。そして目の前のこの少女もまた、彼の統率するダイヤモンドダストのメンバーであった。
「…ジェミニを気に掛けるな?
キャプテン、いくらなんでもそれは無理。」
その理由を、ガゼルは知っていた。少女の抹茶の髪色と黒瞳が、それを強く表している。
「だって、ジェミニストームのキャプテンはリュウジだもの。ずっと一緒にいたのに、今更他人行儀なんて出来ないよ。」
ジェミニストームキャプテン、レーゼこと緑川リュウジは少女の双子の弟だった。両親を失った彼女にとっての弟は、最早自身の片割れと言っても過言ではない程に大切な存在だった。
「『血は水より濃い』ってね。じゃあまたね、キャプテン。」
「…その甘い考えは、いつか君自身を滅ぼすよ?」
軽やかな足取りで再び駆け出すエリオに、ガゼルは険しい表情でそう言った。
*
"ハイソルジャー計画"。その計画の元に、私たちのお日様園はその存在理由を変えた。
「お父、様…」
彼に愛されたいが為に、マスターランクの風介…キャプテン達は、"ジェネシス"の称号をかけて争っている。
「あんなに平和だったのにね。」
エイリア石が発見されてから5年、特訓続きの日々に身を投じるようになってからもう3年。ユニホームに付いた、紫に輝く石。そこから感じられる力は、私にとっては大いなる力ではなく、ただただ恐ろしいものでしかなかった。
「砂木沼さん達、大丈夫なのかな…」
ファーストランクのイプシロンである彼は、私たちよりもずっと多くエイリア石の力を得ているはずなのだ。最近はイプシロンのメンバーともあまり顔を会わせないから、彼らが今どんな状況にあるのかも分からなかった。
「あ、リュウジ!」
「、エリオ様っ」
シャワーでも浴びて来たのか、リュウジは濡れた髪を下ろし、Tシャツにジャージといったラフな格好をしていた。さほど私と身長の変わらない彼に思い切り抱き付くと、何故か顔を真っ赤にしてあたふたした。けど、私が気になったのはそんなことじゃない。
「あの、エリオ様、」
「…今は和葉だよ、リュウジ。」
「ぁ……ごめん。」
"エリオ"。それが私に与えられた、もう一つの名前。私の所属するダイヤモンドダストはマスターランクだから、当然ジェミニストームよりも格上の存在だ。ダイヤモンドダストのユニホームを着ている時、リュウジは私を"エリオ様"と呼ぶ。まあ役に入り込むのはいいけど、彼にその名前呼ばれると、私はとてつもない寂しさを感じていた。
「和葉、あのさ、抱き付かれたままだと髪が拭けないんだけど…?」
「そんなの、私がやってあげるよ。」
リュウジと一緒に部屋に戻って、彼をベッドに座らせた。私と同じ色をした髪に櫛を入れると、いつも触れている自分の髪とは髪質が違うことに気付いた。
「…リュウジ、髪固くなった?」
「え、うそ!?」
「きっとあの髪型を維持するためにウルトラハードなワックス使ってるからだね。」
私はレーゼの時のリュウジの髪型を思い浮かべ、思わず笑ってしまった。
「……。」
「わゎ、そんな落ち込まないで!大丈夫だって!!きっとリュウジは男の子だからだよ!」
「…ふーん。」
こ、これは完全に機嫌を損ねてしまったのではないだろうか。
「ご、ごめんリュウジ、機嫌直して!?」
「……はぁ。いいよ。」
「良かった。」
「ただその代わり、」
「え?」
なんだろ。無理なお願いじゃないといいけど…。
「俺にも和葉の髪梳かさせて。」
いや、そんな、むしろこっちからお願いしますって。
私は若干のにやけ顔で彼に櫛を手渡した。
「…ねえリュウジ、」
「ん、何」
「…大丈夫?」
「え、何が?」
「……ううん、なんでもないや。」
彼は今、宇宙人を名乗って各地の学校を破壊している。一応、人的な被害はなるべく出さないようにとは言っているけど、もし私がその役目を担う立場なら、心が傷付かないはずがない。
そしてもう一つ気になるのは、瞳子さんを監督とした雷門イレブンの存在だ。
最初こそ弱かったものの、彼らは着々と力を付けて来ている。ジェミニといつ並んでもおかしくない。けれど、ジェミニストームの皆に、これ以上エイリア石の力を使ってほしくはなかった。…勝ち続けてほしいと願うのに、これじゃ大分矛盾している。
「痛っ!?」
「あ、ごめん!」
リュウジの手が離れる。頭部に感じる、引っ張られるような違和感を手で触って確認する。
「ん?」
私の髪は、少し右寄りに結ばれていた。髪留めは、光沢のある花のヘアゴム。…ちょっと考え事をしてたせいもあったけど、全然気付かなかった。リュウジってホント器用だなぁ。
「リュウジ、これ…」
「えへへ、和葉にプレゼント。似合ってるよ?」
「あ、ありがとう!」
「ゎ、ちょっ、和葉!?」
私は感動のあまりリュウジに抱き付いた。リュウジは照れながらも、私の背に手を回してくれた。うほ、幸せすぎる…。バーン様にラブコンだのなんだの言われようが「その通りですが何か?」である。
けど、さっきキャプテンに言われた言葉を思うと、自然と腕に力が入った。
「……和葉?」
もし雷門に負けたら、どうなってしまうのだろう。もし勝ち続けたとしても、こんな狂った日常が永遠に続くと言うのだろうか。お父様の真意が、分からない。
「ずっと、リュウジと一緒にいられたらいいのに…。私、ジェネシスだってお父様だって、どうでもいいよ。」
「和葉…」
こんな苦しい場所になんか居たくない。一緒に逃げ出したいけど、それは言ってはいけない言葉だから。
「…ごめん、気にしないで?ちょっと疲れてるだけだから。」
君は私の"半分"で、
貴方は私の"全て"だった。
*
数日後、ジェミニがまたどこかの学校を破壊しに行くらしく、私は廊下で"レーゼ"と出会った。
「レーゼ」
「!、エリオ様。」
「今日はどこに行くの?」
なんとなく、嫌な感じがした。
「北海道です。白恋中学を破壊しに。」
「そう、行ってらっしゃい。」
レーゼは私に一礼をすると、背を向けて歩きだす。
「あ、」
「?」
この時何故、彼の腕をとってしまったのかは分からない。
…けど、
「ゎ、ご、ごめん。」
「…いえ。」
彼の笑顔が、何故か私の胸を掻き乱した。
彼が去った後も、私はしばらくその場所に立ち尽くしていた。
「……。」
なんで、なんでどうして。
あの時腕を放してしまったのだろう。
少女
私は君の、右半分。
―――――――――――