和葉が倒れた。
携帯から聞こえたクララの声に、私は目を見開いた。
救急車を呼んで病院へと運ばれたが、倒れた原因は不明。意識不明、体温は低下気味。
「あの、風介様…。」
「…大丈夫だ、心配いらない。」
和葉なら大丈夫だ。記憶を失ってまで必死に生きようとした彼女が、そう易々と負けるものか。今私がすべきことは、病院に行って彼女に寄り添ってやることじゃない。万全の状態で選考試合へと望み、代表入りの報せを届けることだ。あの輝かしい舞台で、私達の日韓戦を実現させ、やがて世界一になることが和葉の夢。
私が弱気になっていては、駄目だ。
「和葉なら、大丈夫。」
そう、自分に言い聞かせた。
*
ただいま。
そう言っても、和葉は返事を返してはくれなかった。
「俺さ、日本代表に選ばれたんだ。」
リュウジなら出来ると思ってた、おめでとう!!
聞こえた声は、単なる空耳だった。
白い病院に逆戻りとなってしまった和葉は、再び点滴に繋がれ、命の綱渡りをしている。
今のところ顔色も良い、苦しそうにも見えない。本当に、ただ眠っているだけの様。
代表選手に選ばれた喜びを、
誰よりも君に伝えたかったのに。
誰の祝福よりも、
君の笑顔が見たかったのに。
例え俺を覚えていなくても……。
「……違う。」
目蓋の開かない顔を見て、涙が込み上げてきた。
「和葉、俺…」
"前みたいに"。
おめでとうって、
頭を撫でてほしい。
私も嬉しいって、
抱き締めてほしい。
いってらっしゃいって、
髪を結ってほしい。
リュウジ、って、
名前を呼んでほしい。
「……。」
神様、俺達はあとどれだけ待てばいいの?
零れた涙が、太股に落ちてズボンを濡らした。
*
和葉、俺FFIの日本代表選手になったんだ。
「やっぱり。」
やっぱりって…もっとびっくりしてよ?
「だって、リュウジならって思ってたもん。」
……。
「あ、勿論ヒロトも。というか、リュウジが受かったなら当然ヒロトも受かったよね?」
なにそれ、酷。
「ごめんって。」
…ねえ和葉。
「何?」
もっと他に言うことないの?
「…なんて言ってほしい?」
えぇ…恥ずかしい。
「恥ずかしいこと?」
違っ!!
っ〜もう和葉っ!!
「ははっ。可愛いなあリュウジは。」
……。
「じゃあ私がお願いします。聞いてくれる?」
…いいよ。
「じゃあねえ…リュウジ、ぎゅうってして?」
…うん。
「……もっと強く。」
うん。
「……はは、放れたくないなあ。」
……。
「リュウジ、私、応援してる。例え耳に届かなくても、心で受け取ってね?」
やだよ、そんなの…和葉、目を開けてよ、俺、和葉がいなきゃ、
「いなきゃ、なに?」
……。
「リュウジ、私知ってるよ?リュウジは強い子だって。ねえ、もう一人で立てるでしょ?いつまでも甘えてちゃ駄目。」
でもっ…!!
「リュウジ、私を信じて?」
*
「和葉!!」
目を覚ませば、視界に広がる見慣れぬ天井。
「ここ…。」
そっか、昨日から合宿所で…。
携帯の着信は0件。
和葉ままだ眠ったまま。
カーテンを開けると、窓から日の光が差し込んだ。
青と白を基調としたジャージに着替え、櫛で髪を梳かし、いつもより少しだけ高い位置で髪を結んだ。
「…よし。」
水道に行って顔を洗おうと、部屋のドアを開ける。
「あ。」
「ん?ああ、おはようリュウジ。」
「…ヒロト、緑川って呼べって言っただろ?」
「はは、いいじゃないか。」
早朝の太陽は、合宿所の廊下を金色に照らしていた。
一年だって十年だって、
俺は君を待ってるから。
おやすみなさい、
愛しい人
君を信じているから、
僕はきっと大丈夫。
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