24
病室を訪れたリュウジを見た和葉は、嬉しそうだった。
"はじめまして"
"こちらこそ"
流石、演技が上手いことで。
「どうかしたの風介、顔怖いよ?」
「え、」
不安げに訪ねる和葉は、私を心配しているようだった。
私はなんだか息が詰まるような気がして、病室から廊下に出た。
苗字が一緒、髪の色が一緒、似てるね、私達。
「もうやめろ、和葉…。」
壁に背を預け、ずるずると膝を沈める。
何故だ、何故私が、こんなにも悲観に暮れる必要がある。
*
「サッカー?ああ、私やったことないんだよね。」
「え…そう、なの?」
「うん。リュウジ君は、サッカー得意なの?」
「まあ、それなりにというか…。」
「そうなんだ!じゃあ退院したら教えて?」
「ぁ、うん…いいよ。」
なんでだろ。
ずっと、和葉とこうして話したかったのに、胸が苦しくて仕方ない。
サッカーをしたことないなんて、嘘だよね?
「じゃあ、私達はそろそろ行くわね?和葉、他に何か必要な物があれば言って頂戴。」
「うん、ありがとう瞳子姉さん。」
俺も"またね"と言って立ち上がった。
その時だった。
「ぇ、?」
和葉が、俺の手をとった。
和葉自身も、どうしてそうしたのか分かってないみたいで、目を見開いていた。
けどその細い指は、別れを拒むかのようにしっかりと俺の腕を掴んでいる。
「え、あ、その、ごめんねリュウジ君!?」
「いや、別に…。」
「あはは…またね?」
「うん。」
するりと離れていく指に、名残惜しさを感じた。
風介は後で帰るって言ったから、俺は瞳子姉さんの車に乗って家路についた。
「…どうしたの和葉。」
「風介…あの、」
「?」
「なんだろ、私。リュウジ君に何か言わなきゃいけない気がして……。」
「そう。じゃあ、思い出したら言うといいよ。」
「そうだね、何を言うか思い出したらちゃんと伝える。」
「うん。」
思い出したら、必ず。
*
「風介!」
「ぁ、何、和葉?」
何度か声をかけて、風介はやっと返事をした。
「何じゃないでしょぼーっとして!!ヒロトとリュウジ君も行ったことだし、風介も準備しないと!…っとぉ、その前に晴矢起こさないとね。」
「いいよ和葉、私が行く。」
実は今日、風介と晴矢も韓国代表の選考試合に行かなければならないのだ。
事前にヒロトとリュウジにばれないよう、風介と晴矢は現在進行形でそのことを隠している。
何でも先にネタバレしてしまうのは面白味に欠けるらしい。
「あ、晴矢おはよう。」
「はよ……んだよ、あいつらもう行ったのか?」
ボサボサの髪をかきながら階段を下りてくる晴矢を見て、風介は顔を顰めた。
どうせまただらしないだの何だの言い出すんだろうな。
「そういえば二人共、ヒロト達より会場も遠いのに、出発こんなに遅くてもいいの?」
朝から二人の口喧嘩なんか聞きたくなかったから、風介が口を開く前に私が話を切り出した。
「あぁ、それなら心配ねーよ。」
晴矢が欠伸をしながら答えた。
「亜風炉の自家用ジェットで行くからな、遅刻の心配はない。」
「風介…そ、そうなんだ…。」
じ、自家用ジェット?照美君、そんなにお金持ちだったの?
「茂人ー、何か食いモンある?」
「ご飯はあるけど時間が無いでしょ、晴矢まだ服も着替えてないし。」
「あー…。」
茂人が晴矢を急かしている光景を、私はすごく穏やかな気持ちで見つめていた。
*
二人も準備を終え、私に背をける。
その際、強いデジャヴを感じた。
それは別段珍しいことでも無かったので、特に気に留めることは無かったんだけど…。
「頑張って、ね?応援してるから。」
私がそう口にした瞬間、風介は一瞬動きを止めた。
でもすぐに微笑んで、私の頭を撫でてくれた。
「…ありがとう、和葉。行ってきます。」
デジャヴ、じゃない。
「いって、らっしゃい……。」
いつか、昔……ううん、そんなに前じゃない。
「……。」
玄関の扉が閉まる。
茂人やクララ達がリビングに戻った後も、私は一人そこに立っていた。
花瓶にさしてある暖色の花に、目を奪われる。
その花を見つめていると、何故か胸が苦しくなって、私は衝動的に洗面所へと向かった。
いつもはなるべく見ないようにしている鏡を真っ直ぐに見て、手を伸ばした。
ひたり。
鏡の中の自分と指先が触れ合う。
鏡の中にいる私は、私をじっと見つめていた。"彼"と同じ、濁り無い黒玉の瞳で。
―――ポチャン。
水道から雫が落ちる音?
……違う。
「ぁ……。」
心臓と喉を締め付けるこの痛みを、私は知っている。
胸が苦しい。
苦しいはずなのに、なんだか心が温かくて、いっぱいになる。
仕舞っていた沢山の記憶や感情、全ての"想い出"が、私の心に流れ込んできた。
「ずっと…待っててくれたんだね?」
ごめんね?
私、中々気付けなくて。
貴方にとって残酷な言葉を、なんともない笑顔で言って…きっと、たくさん貴方を傷つけてた。
「でも、おあいこだよね…。」
私だって、ずっと待ってたんだもん。
「……。」
意識が、徐々に薄れていく。
きっと疲れてるんだ、ほんの少し眠るだけ。
夕方までには起きないと……四人が帰って来る前に。
「お帰りなさいって…言わなく、ちゃ…。」
ガシャン!!
松葉杖が床に落ちた。
「……。」
取り戻したのはかけがえのない"私"。
崩れたのはその器。
He is my …….
言いたいことが、沢山あるの。
―――――――――――