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病室を訪れたリュウジを見た和葉は、嬉しそうだった。



"はじめまして"

"こちらこそ"



流石、演技が上手いことで。



「どうかしたの風介、顔怖いよ?」

「え、」



不安げに訪ねる和葉は、私を心配しているようだった。

私はなんだか息が詰まるような気がして、病室から廊下に出た。



苗字が一緒、髪の色が一緒、似てるね、私達。



「もうやめろ、和葉…。」



壁に背を預け、ずるずると膝を沈める。


何故だ、何故私が、こんなにも悲観に暮れる必要がある。






*






「サッカー?ああ、私やったことないんだよね。」

「え…そう、なの?」

「うん。リュウジ君は、サッカー得意なの?」

「まあ、それなりにというか…。」

「そうなんだ!じゃあ退院したら教えて?」

「ぁ、うん…いいよ。」



なんでだろ。

ずっと、和葉とこうして話したかったのに、胸が苦しくて仕方ない。

サッカーをしたことないなんて、嘘だよね?



「じゃあ、私達はそろそろ行くわね?和葉、他に何か必要な物があれば言って頂戴。」

「うん、ありがとう瞳子姉さん。」



俺も"またね"と言って立ち上がった。





その時だった。



「ぇ、?」



和葉が、俺の手をとった。


和葉自身も、どうしてそうしたのか分かってないみたいで、目を見開いていた。

けどその細い指は、別れを拒むかのようにしっかりと俺の腕を掴んでいる。



「え、あ、その、ごめんねリュウジ君!?」

「いや、別に…。」

「あはは…またね?」

「うん。」



するりと離れていく指に、名残惜しさを感じた。

風介は後で帰るって言ったから、俺は瞳子姉さんの車に乗って家路についた。



「…どうしたの和葉。」

「風介…あの、」

「?」

「なんだろ、私。リュウジ君に何か言わなきゃいけない気がして……。」

「そう。じゃあ、思い出したら言うといいよ。」

「そうだね、何を言うか思い出したらちゃんと伝える。」

「うん。」





思い出したら、必ず。






*






「風介!」

「ぁ、何、和葉?」



何度か声をかけて、風介はやっと返事をした。



「何じゃないでしょぼーっとして!!ヒロトとリュウジ君も行ったことだし、風介も準備しないと!…っとぉ、その前に晴矢起こさないとね。」

「いいよ和葉、私が行く。」



実は今日、風介と晴矢も韓国代表の選考試合に行かなければならないのだ。

事前にヒロトとリュウジにばれないよう、風介と晴矢は現在進行形でそのことを隠している。
何でも先にネタバレしてしまうのは面白味に欠けるらしい。



「あ、晴矢おはよう。」

「はよ……んだよ、あいつらもう行ったのか?」



ボサボサの髪をかきながら階段を下りてくる晴矢を見て、風介は顔を顰めた。

どうせまただらしないだの何だの言い出すんだろうな。



「そういえば二人共、ヒロト達より会場も遠いのに、出発こんなに遅くてもいいの?」



朝から二人の口喧嘩なんか聞きたくなかったから、風介が口を開く前に私が話を切り出した。



「あぁ、それなら心配ねーよ。」



晴矢が欠伸をしながら答えた。



「亜風炉の自家用ジェットで行くからな、遅刻の心配はない。」

「風介…そ、そうなんだ…。」



じ、自家用ジェット?照美君、そんなにお金持ちだったの?



「茂人ー、何か食いモンある?」

「ご飯はあるけど時間が無いでしょ、晴矢まだ服も着替えてないし。」

「あー…。」



茂人が晴矢を急かしている光景を、私はすごく穏やかな気持ちで見つめていた。






*






二人も準備を終え、私に背をける。



その際、強いデジャヴを感じた。

それは別段珍しいことでも無かったので、特に気に留めることは無かったんだけど…。



「頑張って、ね?応援してるから。」



私がそう口にした瞬間、風介は一瞬動きを止めた。

でもすぐに微笑んで、私の頭を撫でてくれた。



「…ありがとう、和葉。行ってきます。」



デジャヴ、じゃない。



「いって、らっしゃい……。」



いつか、昔……ううん、そんなに前じゃない。



「……。」



玄関の扉が閉まる。


茂人やクララ達がリビングに戻った後も、私は一人そこに立っていた。



花瓶にさしてある暖色の花に、目を奪われる。
その花を見つめていると、何故か胸が苦しくなって、私は衝動的に洗面所へと向かった。

いつもはなるべく見ないようにしている鏡を真っ直ぐに見て、手を伸ばした。

ひたり。

鏡の中の自分と指先が触れ合う。
鏡の中にいる私は、私をじっと見つめていた。"彼"と同じ、濁り無い黒玉の瞳で。




―――ポチャン。



水道から雫が落ちる音?
……違う。



「ぁ……。」



心臓と喉を締め付けるこの痛みを、私は知っている。
胸が苦しい。

苦しいはずなのに、なんだか心が温かくて、いっぱいになる。

仕舞っていた沢山の記憶や感情、全ての"想い出"が、私の心に流れ込んできた。



「ずっと…待っててくれたんだね?」



ごめんね?
私、中々気付けなくて。

貴方にとって残酷な言葉を、なんともない笑顔で言って…きっと、たくさん貴方を傷つけてた。



「でも、おあいこだよね…。」



私だって、ずっと待ってたんだもん。



「……。」



意識が、徐々に薄れていく。


きっと疲れてるんだ、ほんの少し眠るだけ。

夕方までには起きないと……四人が帰って来る前に。



「お帰りなさいって…言わなく、ちゃ…。」



ガシャン!!



松葉杖が床に落ちた。



「……。」






取り戻したのはかけがえのない"私"。

崩れたのはその器。







He is my .

言いたいことが、沢山あるの。




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