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「風介、そろそろ時間だよ?」

「…知ってるよ。」

「じゃあ早く。見送り、しないの?」

「するわけがないだろう!?なんで私があいつらなんかのためにっ!!」

「そう、分かった。」

「待って、和葉。」

「?」

「…ほら、手出して。転んだりしたら大変だからね。」

「…ふふ、見送らないんじゃなかったの?」

「君についていくだけだよ、勘違いしないで。」










*






「リュウジ、そろそろ出発するよ、準備出来た?」

「あ、わ、出来てるよ!!ヒロトがまだだって言うから待ってたんだろ!?」



時刻は朝の7時半。
集合時間までに雷門中に着くには充分な時間だった。

荷物を持って玄関に行けば、ヒロトは既に扉の前に立っていた。



「日本代表か…ちょっと前までは考えたこともかったな。」

「そうだね。また円堂君とサッカーが出来ると思うと楽しみだな。」

「随分と嬉しそうだけどさぁ、まだ円堂守が代表入りすると決まったわけじゃないだろ?」

「円堂君なら大丈夫だよ。勿論、オレも落ちる気はないけど?」

「うわ、流石ヒロト。自信満々だな…。」



雷門中で始まる試合のことを思うと、自然と靴ひもを結ぶ手に力が入った。
でも、そういえば円堂達は代表選抜試合って知らずに来るんだよな?言動には気を付けないと。



「あ、そうだヒロト。あっちに着いたらさ、名前じゃなくて緑川って呼んでくれない?」

「何で?」

「べ、別にいいだろ?」

「はは、分かったよ。」



俺が鞄を肩にかけて立ち上がり、玄関から出たのと同時、ヒロトが俺の後方を見てより一層表情を明るくした。



「和葉!」

「え?」



その名前につられて振り向けば、ちょうど和葉が風介に手を引かれて階段を降りて来たところだった。

短くなった髪は、やっぱり俺と同じ色で、少し心が温かくなった。



「和葉、もう動いても大丈夫なの?」

「やだヒロト、単なる風邪じゃない。もう平気だよ。」



そう笑う和葉の手には、灰色の松葉杖が握られている。

傍に行きたいけど、既に靴を履いてしまったので、おとなしく和葉が歩くのを待つ。



「代表選抜、頑張ってね。おめでとうパーティーは代表入り決定してからだから。」

「パーティー?うわぁ、何年ぶりかなぁ。」



ヒロトが目を輝かせる。
和葉も嬉しそうだ。



「2年前の誕生日会ぶりじゃないかな?」

「懐かしいなぁ…じゃあ尚更頑張らないと!」

「ふん、せいぜい無惨に散って来るんだな。」

「もう風介、相変わらず素直じゃないんだから。」

「和葉、だから違っ!?」





…和葉の回復は、本当に奇跡だった。松葉杖をついてはいるが、もう二度と走れないなどということではなく、足は時間とともに治り、そのうち俺達と一緒にサッカーが出来るまでに治るらしいから、本当によかった。
ただ、体の所々には痛々しい傷痕が残っていて、背中の火傷なんかは一生消えないかもしれない。

それに体調を崩しやすくもなった。これも免疫力の回復を待てとのことだったのだが、昨日も和葉は熱を出して寝込んでいた。



「あ、」



和葉が松葉杖を壁にかけ、両手を伸ばす。

俺はすぐに和葉が何を求めているのかを理解して、寄りかかってくる和葉の体を抱き締めた。幸せそうな、和葉の笑顔が分かる。

熱い…自分では大丈夫だと言ってはいたけど、まだ熱は下がってないんだろうな…。



「和葉…」

「何?」

「……ううん、なんでもない。」

「…そっか。」



でも、和葉は生きてる。

傷だらけになっても、体が弱くなっても、また俺に笑いかけてくれるのなら、それだけでよかった。
















よかった……筈なのに。






















「行ってらっしゃい、

"リュウジ君"。」




耳元から届いた和葉の言葉は、酷く残酷な現実を痛感させた。



「…うん、行って来ます。和葉も早く風邪治してね?」

「ふふ、分かった。一緒に雷門中には行けないけど、ヒロトとリュウジ君のこと、一生懸命応援してるから。」

「ありがとう、和葉。」



なんて明るい笑顔だろう、なんて辛い現実だろう。



「リュウジ、そろそろ行こうか。」

「……そうだな。」



和葉を離し、ヒロトの後に続いて、玄関を出る。


扉を閉める前に、和葉に視線を向けた。

俺と目が合った和葉は、風介に支えられたまま、また俺ににっこりと笑い返してくれた。













ねえ、どうして、






俺だけ、

"君"から零れ落ちてしまったの……?









再生と欠落…神様は平等。
それでいて酷く残酷。




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