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「はぁ、はぁ……っ。」



強く揺れ動く廊下を、私は死に物狂いで走っていた。



「ゎ!?」



がくり、突如として膝が崩れる。

爆発による振動もそうだが、一番の原因はこの足から流れ出る赤い血。

さっき、天井から落ちて来た蛍光灯を避けた時に出来た傷だ。蛍光灯は床に落ちた瞬間に砕け、ソックス越し、私の右足に深く突き刺さってしまった。混乱のあまり私はその破片を勢いよく引き抜いてしまい、足に深い傷を負った。



脱出を第一に考え、応急措置もせずに走り続けた結果、どうやら血を流し過ぎたらしい。


右足に力が入らない、視界に映る亀裂は次第にその大きさを増し、頭上から落ちて来る小さな瓦礫は数を増していく。



「でも……っ!!」



でも、あとちょっとなの、

あと少しで、

あの扉に手が掛かる。




動かない足を無理にでも引き摺った。
新しい傷が出来ても、動きを止めようとはしなかった。


扉の先にあるのは、決して出口なんかじゃない。

けれど、"それ"は私の最後の希望だった。





沢山の小さな傷によって弱った両手で、必死にドアを開ける。


暗い部屋の中を必死に探し、まるで自ら"ここだ"とでも言うかの如く、私の前に姿を現したそれを、私は縋る思いで抱きしめた。





「あっ、た…。」





黒いサッカーボール。



かつてダイヤモンドダストによって使用されていた、黒と蒼のボールだ。


ただ、このボールはおそらく旧型。ペンダントタイプのエイリア石や、研崎の紫のボールは単体でもその力を発揮する。しかしそれは研崎が独自に研究・開発したものであり、
"エイリア学園"のボールは、エイリア石本体から送られるエネルギーによって機能しているのだ。

だが、母体は先程破壊されてしまった。

ちゃんと使えるかどうかは分からないけど、外に連れ出してくれさえすれば、それでいい。




「お願い……!」




ボールが呼応するように、淡い光を放つ。



嬉しかった。



けど、まだ弱い。





「まだ、もっと光って!!」





ヒトの感情に、エイリア石は応えてくれる。


石に働きかける最も強い感情が、憎しみだというのなら、



私は、自分が憎い。





一瞬でも、未来を諦めようとした
自分自身が!!






瞬間、

一際大きな爆発音が轟いた。


場所は、きっと施設の中枢付近。



轟音が響き、物凄い速さで床に亀裂が入る。


ボールの放つ蒼い光が、徐々に輝きを増してゆく。

私は目蓋を閉じて、その光に身を委ねた…。











『やっぱり私、さようならなんて言うべきじゃなかった。』





言ってから、酷く後悔した。



それが現実となった時のことを思うと、怖くて仕方がありませんでした。







『でも、その可能性は、決して低いものじゃない。』




けれど、生きて帰れる可能性だって0ではないと、信じることにしたのです。







『だから私は、自分に風介を諦めさせるために言ってしまったのだと思う。』





中途半端な気持ちで、あの試合を見ることなどできなかったのです。







『でもね、私、どうしてもまた"皆"と一緒に笑いたいし、サッカーがしたい。』





それが私の望みであり、願い。







『風介にだって、また会いたいよ。』





時に凍てつく氷のようで、朝日の登る前の空のように穏やかな、貴方の蒼い瞳が好きでした。







『それに……。』



「それに、ね…」





ボールを抱く腕に力が入る。

何故かは分からないけど、声が震えた。





「それに、私…












…リュウジに、会いたいよぉっ…!!」







今まで、ずっと我慢して来た。

口に出してしまったら、きっと感情が抑えられなくなると、分かっていたから。




「わた、しっ……まだ生きたいっ!」






青い大きな輝きが私を包み込む。











けれどその瞬間、


頭上から落ちて来た瓦礫が

私の頭を直撃した。







爆発によって吹き荒れる爆風が、私の背中を焼くのが分かった。







Servien blue

いつだって、
青は優しい色でした。




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