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試合の結果は、聞かなかった。
同点か、敗北か。
どちらにせよ、帰還した彼らの纏う雰囲気が、あまり良い結果でなかったことを物語る。
バーン様とガゼル様の姿は無く、どうやらグラン様の元へ向かったらしい。
「エリオさん」
「研崎、さん…」
私は、この人が苦手だった。
いつからかお父様の秘書という位置に居座り、時にお父様の手となって動くこの人のことを、私は少し不気味に思っていた。だって、この人には"裏"がない。表面上を取り繕うこと自体が、彼の"表"そのもののように感じた。それに、いつも濁った目をしている。これは単に、私個人の感覚だけど…。
「何か、用ですか?」
警戒心剥き出しというか、畏怖を抱いて一歩下がる私を見て、研崎さんは一見穏やかに笑ってみせた。
「なに、少し頼みたいことがあるだけですよ。」
拒否権は無いと、その恐ろしげな笑顔が言っていた。
*
私は、言われた通りに彼の後ろをついていった。
そうしてたどり着いたのは、ごうごうと機械音を鳴らし、妖しい紫の放つ、エイリア石本体がある部屋だった。
暗い室内に、二人分の足音が響き渡る。
研崎さんは巨大なその石の前で、足を止めた。
「頼みたいことって、なんですか?」
出来れば聞きたくなかったけど、早く話を切り上げてしまいたかった。
「その前に、」
「?」
「貴女は、バーンとガゼルがチーム・カオスを結成し、雷門に挑んだことは知っていますね?」
「……はい。」
研崎さんはこちらに背を向けて、エイリア石をじっと見上げていた。
「それなら話は早い。」
一体何故、私にカオスのことを確認したのかは分からない。けど、その先を聞くことに関しては、嫌な予感しかしなかった。
「私は、旦那様のハイソルジャーを超える力を手に入れたいんですよ。」
「力?」
「ええ。ジェネシスを遥かに凌駕する、究極の存在。私をこの地上の帝王とする、最強の力!」
「そんな、ジェネシスを超えるなんてこと、」
「無理なことではありません。むしろ簡単なことなんですよ。利用すべきは、"心"だ。父のためと、一心に身を尽くして身に付ける力よりも、弱者や敗者が憎悪や妬み、苦しみから藻掻いて掴む絶対的な力の方が、強いに決まっている!!」
大きな声が、煩い位頭に響いた。
つまりこの人……
「お父様を裏切るつもり!?」
返事はなく、彼は口角を吊り上げて私を見た。
これは、明らかな肯定だ。
しかし彼は私の質問なんかお構い無しに話し続ける。
「実際、ジェネシスはエイリア石を使っていない。旦那様は復讐に駆られながらも、まだあの餓鬼共を捨てきれないでいる!まったくもって馬鹿な男だ!」
「お父様を愚弄するのはやめなさい!!」
「……貴女なら、理解してくれると思ったんですがね。」
恐怖以上に、鼻に付く笑い方だと思った。
「いいですか?確かに旦那様はジェネシス、特に"グラン"のことはそれは大切に思っておられる。だが、それ以外はどうでしょう?事実ガイア以外のチームは、旦那様自らエイリア石の使用命令を出し、ガイアが"ジェネシス"となるための礎と成り果てた。」
「そんなことっ!!……」
「ないとでも言うのですか?ガゼルの言葉がなければ、学校破壊の汚れ役を背負われていた貴女が!!」
「ぇ?、」
駄目。
その先を聞いてはいけない。
「ああ、覚えてないんでしたね。」
脳内の警鐘が強くなる。
「どういう、こと?」
聞くな。
知ってはいけない。
まだ、思い出すな!!
「貴女の双子の弟。アレは旦那様の意志で、記憶を消され、我々のエイリアから追放されたでしょう?」
脳と心臓を、握り潰されたかのような衝撃だった。
断片的に浮び上がる確かな"真実"。
私にのしかかる、"エイリア"の重圧。
足が崩れ、私は床に膝をついた。
頭が痛い。
痛い、痛い、痛い痛いっ!!!!
「嘘っ……なん、で……そん、な……だって、お父様、は…」
表情が、絶望に塗り替えられてゆくのが分かる。
大きく開かれ、小刻みに揺れる黒瞳からは、透明な雫が流れた。
嫌、嫌、嘘!!
認めたくない!!!!
「ああぁぁぁっ!!!!」
揺らぐ、彼女の絶望
会いたいのに、会えない。
会ったところで、
君は私を知らないもの……。
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