13
「カオス?」
「ああ。雷門に勝って、俺達の方がグランよりもジェネシスに相応しいってことを証明すんの。」
目の前のプロミネンスキャプテンは、自信満々にそう言い放った。
「ガイアに直接挑むのではなくて?」
「言ったところで、グランは承諾しねーからな。」
「…まあ、だろうね。」
「…なあエリオ、怒ってる?」
「え、何で?」
「カオスの選抜に選ばれてねぇから。」
「ああ…。」
別に怒ってるわけじゃない。
まあ確かに、もっと早く言ってほしかったってのはあるけど。
…ただ、考えてたんだ。
ジェネシス、お父様、雷門…。彼らは結局、何が欲しくて、どういう結末を望んでいるのだろうか。
お父様の寵愛?私はそれに特別な価値を見出すことは出来ない。"お父様"が嫌いなわけじゃない、けど……
「今のお父様は嫌だなあ…。」
「あ?」
「なんでもない。
別にカオスのメンバーに選ばれなかったことも怒ってないよ?
自分の実力はよく理解してるし。」
「なんか自虐的じゃね?」
「そ、そんなつもりはないんですけどね?」
「ならいいけどよ。
あ、あとよぉ、ガゼルマジどうにかしてほしーんだけど。アイツ最近調子出でねーみてーだし。」
「ふふ、分かった。」
将来ハゲで悩む羽目になんぞ。そう言った晴矢を見て、なんやかんやであの二人は仲が良いんじゃないかと笑った。
…風介とは、あれから数日話していない。"ダイヤモンドダスト"としての練習が無くなって、たまに廊下で擦れ違ったり目が合ったりしても、どうしても気まずくて私の方から彼を避けてしまう感じだった。
けどその度に、のどの奥がツンとしたのもまた事実だった。
「やっぱり皆仲良くしたほうがいいよね?」
「は?…さあな?」
そうだ、きっと晴矢達大好きなサッカーでヒロトに負けて悔しいだけなんだと、そう思うことにした。
「なんかやけに前向きだな。調子戻ったかよ?」
「うん、いつまでもどんよりとした気持ちのままじゃ駄目だもの。」
「そ。」
私が笑顔を浮かべると、晴矢も少し笑った。
空元気なんかじゃなく、この感情は全て本物。物事を悪い方にばっか考え込んだらだめだって分かったし、ヒロトにも心配されちゃうし。
「よし!」
決めた。
「私、もう深く考えるのやめる!」
「は?」
唖然とする晴矢の瞳を真っ直ぐに見て、私はたった今胸に浮かんだ決意を熱く語り始める。
「考えて不安になって、現実がどうこうなるわけでもないし、それよりだったら、こんなつまらない馬鹿みたいな"毎日"を、精一杯に少しでも幸せに感じるよう努力をしたほうがよっぽどいいじゃん!?」
空回り、なんて。
思わない、思いたくない。
「現に宇宙人だの世界征服だの言ってる今だって、晴矢とここで普通〜にお話してるじゃん!」
それは以前と何ら変わらない光景。私も風介とも仲直りするって決めたし、きっといつかお父様だって考えを改めてくれる。
ヒロトとだって、きっと……
「うん、バーン様が証人だ。私確かにここでもう泣かないって決めたからね?」
「エリオお前…」
彼は何かを言い掛けて、その言葉を飲み込んだ。
「ま、お前が笑ってられんならそれでいいんじゃねえの?」
「…ありがとう。」
さっきよりずっと優しさを含んだ微笑みが、私の背を押した。
*
「ガゼル様、」
「っ、エリオ…」
バーン様…いや、晴矢と別れてから、私はすぐに"彼"のもとへとやって来た。ガゼル様は私を見て、何か言おうとしたみたいだったけど、また口を閉じてしまった。
私が一歩近付けば、ガゼル様は一瞬怯えたように身を退いた。
碧水晶の瞳が揺れるのが分かる。虚勢を張っていても、風介は実は繊細な人だから、自らが傷付けた私に"嫌われた"んじゃないかって、怖がってるんだよね?…私が風介を嫌いになるなんて、あるはずがないのに。
私はその眼を真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと笑いかけた。そして諭すように口を開く。
「私、ガゼル様の事好きですよ?」
「ぁ……エリオ、私、は…」
未だ困惑している風介の手をとって、彼の言葉を待った。
「風介は、私のこと、嫌い?」
「……好きだよ、愛してる。誰の手にも渡らないよう、いっそ壊してしまいたい位に、ね。」
だから怖いんだと、彼は私の手を握り返して呟いた。
「私は、歪んでいるね。」
遠慮がちに私の頬に触れ、髪を梳いて噛み跡を確認する彼の顔は、苦しそうだった。それはひどい後悔と、子供のような幼さを含んでいて。私は自ら、彼の背に手を伸ばした。
「そんなことないよ?」
「だって、」
「いいよ、もう気にしてない。私、風介に必要とされて嬉しいよ?」
「、和葉……!」
風介は私を抱き締めた。痛い位に、強く、強く。頭を撫でてあげたかったけど、これじゃあできないなあと、少し可笑しかった。
「風介、聞いて?」
声をかければ、顔の見えない彼が頷くのが分かった。
「ごめんね?混乱してたとはいえ、酷いこと言って、貴方を傷付けた。」
風介は私の肩に頭を埋めたまま、ふるふると頭を横に振った。
だって本当のことだからと、私を抱く腕の力が言っていた。
「風介、苦しいよ。」
私がそう言えば、風介は黙ってその力を和らげた。
「風介、私のことを想って、私を心配してやってくれたんだよね?」
「…違う。私はっ…!?」
風介が自分を非難する前に、私は両手で彼の頭をとって唇を塞いだ。
「例え違っても、私はそう信じるから。」
「和葉っ…」
噛み付くようなキスだった。私はそれを受けとめるのが精一杯で、瞳には生理的な涙が溜まった。雫が零れれば、それを綺麗に舐めとる風介を見て、愛されていると実感した。
なのに、ねぇ、どうして?
まだ"ジェネシス"を求めるの?
れっつ、
ぽじてぃぶシンキング
そう決めた、はずなのに……。
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