12
それはとても、
懐かしい響き。
蕾が花開くように、私の中の何かが弾けた。
「でもさ、」
しかし、その後のヒロトの言葉は、私を酷く混乱させた。
「…和葉、本当は知ってたんでしょ?」
*
久しぶりに自らのフルネームを聞いた和葉は、正にオレの予想通りの反応を見せた。
…簡単に例えるとすなら、彼女の見せた驚きの表情。それは『思い出した』ではなく、『当てられてしまった』と、そう言っていた。
「知ってた?一体何を…」
「……。」
自覚は、ないんだね…。
……おそらくエリオの記憶は、既に喉元まで出かかっている。
今朝オレと話した時、和葉自身が"何か忘れている"と気付いた瞬間から、彼女の凍ってしまった記憶の封印は溶け始めている。
元々彼女の記憶の欠落は、ジェミニストームに施されたものよりも薄い物だったし、エイリアの技術もそこまで完璧ではない。和葉にかけられたのは、エイリア石の力を応用した、一種の催眠療法のようなもの。おそらく、和葉の記憶の中のリュウジを、風介が自分に置き換えたのだろう。
けど、それによって安定していた精神だ。無理に思い出そうとすれば、一種の防衛本能として、脳がそれを拒む。…なにしろ、消されたのは、彼女が今まで生きてきた人生の"半分"。量じゃなく、質の意味で。
知るのは過去の思い出だけじゃない。リュウジを失った事実、エイリア学園の行いに対する恐怖、記憶を消されていたという衝撃、そして、オレ達が再び雷門に勝つことで、世界が父さんの物になるという、有り得ない現実。
全部を一気に取り戻すことになれば、きっと和葉はまたその重さに潰れてしまう。だからこそ、和葉は未だに見付けられないでいる。失った記憶のヒント…ましてや答えなんて、お日様園で共に過ごしたオレ達なら、全員が知っている。誰かにしつこく聞けば、きっと教えてくれないこともないだろう。しかし、和葉はそれをしない。先程も言った様に、自身を守るため、本能が真実を拒むからだ。そして、他の皆が自ら口を開かないのも、和葉を思ってのことだろう。
全部を全部、一気に受け止めるなんて、きっと和葉には無理だ。この子の心は、そこまで強くなどないのだから。
「和葉…急がなくていいからね。」
「え?」
ゆっくり。そう、ゆっくりでいい。
「もし、父さんが皆のことを使えないと判断しても、オレが皆を守るから…。」
あの方の願いは、オレ自身の願い。
けど、だからと言って、あの陽だまりのように温かな"時"を代償にする理由など、どこにもない。
まだ、取り戻せるんだ。
だから壊れないように、
いつでも手を伸ばせるように。
オレが…
*
「ヒロト?どうしたの??」
俯いたままの彼の顔を覗き込む。語尾になるにつれて小さくなる彼の声を聞いていると、貴方の方が大丈夫なのかと言いたくなる。
どうしよう。
私の話を聞いたからか、彼の重荷がまた、その厚みを増したように思えた。
「…なんでもない。大丈夫だよ、大丈夫…。
ともかく和葉、無理に思い出そうとする必要はないからね?独りで泣くのも背負うのもダメ。辛かったら、誰かに泣き付いたっていいんだからね?」
その台詞、そっくりそのままお返ししたい。
「頭が痛くなったり、体調が良くないと感じたら、すぐに何か別のこと考えて。」
「もし無理なら?」
そこまで集中して考えているのに、いきなり別のことを思い浮かべるなんて…
「じゃあ、」
「ぇ?」
何故か、ヒロトの綺麗な顔が、すぐ近くにあって…
「オレのことでも思い出してよ?」
「!?」
彼の唇が、私のそれの、すぐ横に触れた。
少しでも動けば重なる、そんな位置に。
「ええぇぇ!!?」
冗談っぽく笑うヒロトに、私は言葉が出なかった。
しかも顔を赤くしてあたふたする私に向かって、
「はは、まさかちゃんとしたキスじゃないのにそんなに慌てるなんて思わなかった…ふふ、顔真っ赤だよ?」
「だ、だってヒロト!」
「こんなのなんて、ガゼルとならまだ序の口のくせに。」
「ちょっとぉ////!!!?」
「この間廊下でキスしてるの目撃しちゃったし。」
「いやあぁっ////!!!!?
だ、違っ、だってあれは風介が!!!」
「ははは、やっぱり和葉は見てて飽きないなあ。」
「ヒロトぉ…」
「今はグラン様。」
「ひぃっ…!?」
耳元で囁かれて、肩が跳ねる。
一体私の何がどこで彼のスイッチを入れてしまったのかは知らないが、にっこりと笑う彼の背後には、何か黒いオーラみたいなのが見えた。
Kiss for your heart
「元気出た?」「…そりゃぁもう。」
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