08
「エリオ、早くしなさい?」
「ゎわ、待ってよクララ!」
絡まる髪を強引にまとめあげ、私は部屋を飛び出した。
「ご、ごめん!」
「別に。エリオだって一応女の子ですものね。」
「ちょ、一応ってアンタ。」
「フフ、ほら行くわよ。」
今日はついに、雷門イレブン対我らがダイヤモンドダストの対戦の日だった。
*
"ガゼル"の指定したフィールドに足を踏み入れても、まだ奴等の姿は見当たらなかった。
不振に思っていると、やがて青い光、白い冷気と共に、エイリア学園マスターランクチーム、ダイヤモンドダストが姿を現した。
「!?、鬼道、あいつ!!」
「…ああ。」
円堂が指差す先には、あの日京都で会った、緑川和葉と名乗った女がいた。
「それほど驚くことでもない。基山ヒロトが"グラン"だと分かった時点で、和葉がエイリア学園だという可能性は大いにあった。」
「和葉ちゃん…。」
「気にするな吹雪。この試合、お前はゆっくり回復に努めてくれ。」
「うん…分かったよ。」
かつて俺達が敗北した、グラン率いるザ・ジェネシス。ダイヤモンドダストが奴等と同じ、"マスターランク"だと言うのなら、イプシロン改に勝利した俺達の力量を計るいい機会だと思った。
「どちらにせよ、負けるわけにはいかないな。」
フィールドに、試合開始を告げるホイッスルが鳴り響いた。
*
「…くそっ、何故だ!!」
「…ガゼル様、どうかしたの?」
雷門とダイヤモンドダストの試合が終わってからと言うもの、ガゼル様はずっとこの調子だ。逆鱗に触れるのが怖かったから、私はなるべく彼に近づかないようにしていたんだけど、かえってそれは逆効果だったのかもしれない。
「……ジェネシスの称号は、グラン…ガイアに与えられるらしい。」
「そんな…。」
ガゼル様達が"ジェネシス"に対して強い執着を持っていることは、よく知っている。私にとってはそんなものどうでもよかったけど、まさかあのガゼル様がこんなにも取り乱すなんて、思ってもみなかった。
「同点は敗北と同じ…まったくもってその通りだよ。」
「ぁ、」
自嘲気味に吐き捨て、私に背を向けて歩きだすガゼル様を、私は無意識のうちに追いかけていた。
今、彼を独りにしてはいけないと思った。
孤独と絶望に震える彼の傍にいたい、支えになってあげたいと思った。
だってガゼル様は、小さい頃からずっと私を守ってくれて……
自室のドアを開けて一歩進んだその場所で、彼は歩を止めた。
「ガゼルさ…きゃっ!?」
こちらをふり向いたガゼル様に突然腕を引かれ、私は彼の胸に倒れ込んでしまった。
電気のついていない室内に、ドアのカギを閉める音が木霊する。
「…何故ついて来た。」
「何故、って…」
ガゼル様は私を抱く腕に力を込め、何かを押し殺すようにそう言った。
鼓動の音が、すぐ近くで聞こえる。
…ああ。この人はきっと不安で仕方ないんだ。
自分にとって絶対的存在だったお父様に、イラナイとされるのが、"親"に見捨てられるのが、怖いんだ。
「…私は、ずっとガゼル様の傍にいるよ?ずっとガゼル様の味方だよ?」
首元に優しく手を回すと、耳に彼の呼吸がかかってくすぐったかった。
徐々に暗闇に慣れ、物の輪郭が見て取れるようになった。
「和葉……。」
「なぁに……ぇ?」
私の名前を呼んだかと思うと、ガゼル様は私を抱き上げて自分のベッドへと運んだ。
ふわり、と、ガゼル様のにおいが鼻孔をくすぐる。
「"何故ついて来た"って…そうじゃない。どうしてそう、無用心に男の部屋なんかに上がり込むんだと言っている!」
「だっ、っ、…ン!?」
いきなりの深いキス。
こんなにも荒々しいのに、頭の芯がぼーっとしてしまう。
「…和葉。私を、慰めてくれる?」
「ふ、ぁっ…」
ガゼル様の手がユニフォームの隙間から入り込み、ひやりとした指が素肌に触れた。
…それで彼の気が晴れるなら、私に断る理由なんてなかった。
肌に咲く赤い花も、胸元を包む手のひらも、なんら苦には思わなかったのに…
「、駄目…!!」
「っ……。」
髪留めを外そうとした彼の手を払ってしまったのは、どうしてなんだろう。
「ぁ……。」
頬に冷たい雫が落ちた。
ガゼル様の虚ろな瞳には、少量の涙が溜まっていた。
「……風介。」
私は彼の頭を抱き寄せ、唇が触れるだけの口付けをした。
冷たい。
冷たくて、寂しい。
そして、酷く哀しい。
唇越しに、そんな声が聞こえたような気がした。
私は、風介の全てを受け入れようと思った。
「……て。」
「…なぁに?」
「私のこと……愛してるって言って?、和葉…」
「……。」
私は……
「愛してる…。愛してるよ、風介…。」
自らその髪留めを解いた。
「和葉…」
子供のように不安に揺れる彼を強く抱き締め、最早その意味さえ失った言葉を、私は何度も口にした。
冷たい涙、氷の脆さ
例えこの行為に在るのが、虚しさだけなのだとしても。
今だけは、私が君の全て。
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