07




「バーン様ー」

「あ?…何だエリオかよ。」


視界の端に見えたのは、俺の嫌いな青いユニフォーム。誰だよと思いながら振り向くと、そこにはやたら機嫌の良さそうなエリオがいた。


「私服なんて着て、どっか出かけるの?」

「沖縄。」

「うわ、いいなぁ」


ついこの間まで落ち込んで引きこもり状態だくせに、もう本調子なのかよ。…まさか、空元気、とか?


「…テメーも来んの?」


別に連れてってやんのも悪くねぇと思った。
だが、エリオは一瞬瞳を輝かせたものの、すぐに困った様に笑って頬をかいた。


「うーん…一緒に行きたいのは山々なんだけどなぁ…。」

「じゃあ来ればいいじゃねえか。」

「駄目だよ。だってガゼル様に外出許可もらってないし。」

「外出許可?」

「うん。」


前までそんなもの無くても勝手にフラフラ出かけてたじゃねーかよ。


つーか待て、こいつ…




「お前、なんかあった?」

「え?」

「だっておかしくね?ガゼルのこと様付けで呼ぶのあんなに嫌がってたくせに呼んでっし、ちょっと前まで許可無しで平気で出かけてたのによ?それに…」

「……?」




「お前、アイツがいなくなって、もう立ち直ったわけ?あんなにべったりだったくせによ。」

「アイツ?」


エリオは訳が分からないとでもいうように首をかしげた。
惚けてんのか?それとも…


「テメーの弟だろうが。」

「弟!?」


何驚いてんだよ。


「…何言ってるのバーン様?」

「あ?」



「私、"一人っ子"なんですけど。」



「……。」

「それに、私外に行ってなんかないよ?ガゼル様に断りもせずここを出るなんてあり得ないよ。」


嘘一つ見えないその笑顔に、俺は黙って背を向けた。





*






「ずるい!」

「…何がだ。」


私は雷門イレブンに負けたイプシロンの回収を終え、基地へ帰るって来ると、エリオが頬を膨らまして出迎えた。


「だってガゼル様、雷門に戦戦布告してきたってことはつまり沖縄行って来たってことでしょう!?それならバーン様に付いていけば良かったなぁ…」

「バーンだと?」


あいつも行ったのか。


「ぁ、ごめん…。えっと、バーン様も沖縄行くって言ってたから、着いていきたいな〜って話したの。けどガゼル様に許可もらってないからって断ったの。」

「……。」

「ガゼル様?」

「バーンは、君に何か言ってなかった?」

「ぁ、はい、えっと…確か私の弟がどうてらこうてら…。」


余計なことを…。


「夢でも見て寝ぼけてたんだろう。エリオ、気にすることはないからね。」

「はい…。でも、えっと…」

「どうかしたの?」


様子のおかしい彼女を変に思い、その理由を尋ねると、エリオは片手で髪飾りを弄りながら言葉を濁した。


「なん、か…引っ掛かるなぁって…。おかしいですよね、私。ここに来るまでずっと独り、だったのに…。なんか、バーン様の言葉が…っ!?」


エリオがこれ以上余計なことを考えないように、強引に腕を引き唇を合わせた。舌を使って口内を犯すと、隙間から彼女の吐息がこぼれた。

エリオが苦しそうに私の胸を押したので、下唇を軽く舐めてから解放してやると、彼女は顔を真っ赤にして私を見た。


「そんなにバーンの言ってた幻想の弟が気になるの?この私より?」

「ふ、ぇ?」

「答えて。」


エリオの"奴"に対する記憶は全て消した。答えなど、一つしかない。


「ゎ、私は勿論、ガゼル様が一番だよ!?」

「…そう。」


私が満足気に笑うと、エリオは首をかしげて面白そうに笑った。


「ガゼル様、嫉妬?」

「……。」

「あはは、可愛いなぁもう!!」


ぷにぷにと私の頬をつつき、以前のままの笑顔を浮かべる彼女を、私は心底愛しいと思った。


「う"にゃっ!?」

「…お返しだよ。」

「……。」

「どうしたの、そんな顔して。」

「…地味に痛かった。」


エリオは両頬を手でさすり、う〜、と小さな声で呻いた。


今のエリオが一番に想うのは"私"なのだと思うと、彼女の記憶を消したのも、単なる嫉妬と独占欲によるものだったのかもしれないと感じた。


うなじに指を這わせて首筋に歯を立てれば、エリオはびくりと身体を震わせた。


「痛っ!?」

「噛み付いたんだ、当然だよ。」

「ぅ、ちょ、…酷いよ。」

「何だいその反応、今のは寧ろ喜ぶべきだろう?」

「そ、れ、は……。」

「エリオ、君は私のことが嫌い?」


耳元で囁けば、エリオは赤くなった顔を見られるのが恥ずかしいのか、私の首に腕を回してきた。


「嫌いなわけ、ないよ…だって、小さい頃からずっと一緒で……私を優しく撫でてくれたのも、手を繋いでくれたのも、ガゼル様で…」

「…うん。」

「……ガゼル様、」

「何?」

「ずっと、一緒にいてね?私には、貴方が必要だから…。」

「…分かってるよ。」


彼女の背に手を回し、優しく抱き締めた。




「ガゼル様…。」




だが、彼女が私を呼ぶ度に、彼女が私を求める度に。


"緑川リュウジ"の存在が、いかに和葉にとって重大だったのかを、思い知ることにも繋がった。



「和葉」

「?」


もう一度だけ…私をキャプテンと呼んでほしい。



"もう一度"、なんて。君は忘れてしまっただろうけれど…。








口で呼ぶのは貴方の名。真に求むは大切な私の"左"。

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