06
「ガゼル様、和葉…いえ、エリオの様子は?」
「リオーネか。虚栄を張ってはいるものの、やはり精神的ショックが大き過ぎたようだ。朝食にもほとんど手をつけていない。」
「そうですか…。」
「ああ。グランめ、余計な事を…。」
「ですがグラン様は、」
「分かってる。だから尚更憎いんだ…。」
グランのしたことが正しかったのか、正直なところよく分からない。あのまま行方を知らずして、きっと平和になったらまた会えると、そういった願いを抱き続けた方が、彼女の精神を安定させたのかもしれない。
安否を知る代わりに、辛い現実を突き付けられた今この状況。
もし仮に、エリオが自分自身で選ぶ権利を得ていたなら、彼女はどちらを選んだだろう。
一体いつになったら、彼女の闇は晴れるというのだろう。彼女のあんな姿は、もう見たくなかった。
和葉を悲しませるアイツも、
一人の"男"を想い続ける和葉も、許せない…。
「なら…」
全て、堅い氷塊の中に閉じ込めてあげよう。
そう。それこそきっと、彼女を救う唯一の手立て。
*
ドアをノックする音がしたので、どうぞと返すと、そこにいたのはキャプテンだった。私はベッドの縁に座りなおして彼を迎え入れた。
「リオーネが心配していたぞ。辛いのは分かるが、そろそろ練習に顔を出せ。」
「…うん。ねえ、キャプテン。」
「何だ?」
…ずっと、疑問に思ってたことがあった。
けど、皆もそれがさも当たり前のことのように言っていたから、私も今まで、ずっとそうして来た。
彼は私の左半分。
私は彼の右半分。
ワタシとリュウジは、双子…。
「キャプテン、なんで私は、ダイヤモンドダストなの?」
「……。」
私は本来、マスターランクチームに所属できる程の力を持ち合わせていなかった。
少なくとも、"最初"のうちはそうだった。
「…何を言っているエリオ。君は私のチームに相応しい人材だ、実力だってある。」
「それは、キャプテンやチームの皆のおかげ。それについては、ちゃんと感謝してる。ありがとう。けど……」
リュウジを失って、私は、一つ大きな後悔をした。
「どうして私は、ジェミニじゃなかったの?」
無意識のうちに、涙が頬を伝う。
基地に戻った後ヒロトに聞いた話なのだが、一応ジェミニの皆は、ヒロトが手を回してくれるらしく、吉良財閥の管理する施設にて保護するらしい。ただ、やはり記憶の修復は難しいとのことだった。研究員達は今、エイリア石による能力向上効果について研究していて、そちらにまで手が回らないとのことだった。第一、治療したとして、完全に記憶が戻るという保証なんかどこにもないのだ。
「私がジェミニなら、リュウジとずっと一緒にいられたのに。記憶を消されても、二人一緒に消えてしまうなら、こんなに悲しいなんて思わなかったのに。」
機械的に紡がれるこの言葉、機械的に零れるこの涙。
「私、何が正しいのか、何を信じていいのか、分かんない。いずれ雷門と戦うことになったとしても、戦うことに理由を見いだせない。"ここ"にいることも、もう意味がないように思えちゃう。」
駄目だなあ。そう言って自嘲気味に笑う。
キャプテンはベッドに座って動かない私に近づき、左手で私の頭を撫でた。
けど、その指先は妙に冷たくて。
「エリオ」
屈んで、私と目を合わせる。優しげな微笑を浮かべていても、そこに感じる確かな恐怖。
氷色の瞳が、私を捕えて逃がさない。
「なぜ、君がジェミニではなくダイヤモンドダストなのか。そう言ったな?」
諭すようなその声は、こころなしか少し弾んで聞こえた。
「エリオ、君は当初の予定ではレーゼと共にジェミニストームへ配属される予定だった。」
「え?」
「けどね、私があのお方に頼んだんだ。君を私のチームに置きたいとね。」
「な……」
呆然とする私の唇を、冷たい指先がなぞる。
だってそんなの、初耳だ。
一体なんのために…。
「正直、私はジェミニストームが追放されたと聞いた時、少し嬉しかったんだ。」
「そんな、どうし…っ!?」
風介に、唇を塞がれた。男の子との初めてのキスは、自分の涙の味がした。
私はそのまま両手首を捕らえられ、ベッドに押し倒された。
「和葉が好きだから。君は自らの片割れである男に酷く"依存"している。だから、その対象である彼が消えて、愉快に思った。」
必然的に、私は風介を見上げる形になってしまう。次々と降って来る彼の感情を、どう受け止めればいいのか分からない。
「けれど、奴が消えてからというもの、君は前にも増して"リュウジ"を求めるようになった。」
「……。」
「そして、独りで泣くことも増えた…。」
腕を頭上で交差さられせ、下半身の自由も奪われた。
「だからね、エリオ。」
『君から、奴に関する記憶を抹消する。』
「……え?」
耳元で囁かれた言葉は、決して愛の呟きなどではなく。
「"リュウジ"のことも、"レーゼ"のことも、全て忘れろ。お前には、私さえいればいい。」
リュウジを忘れる?そんなの…
「ゃ、だ…嫌!、やめて!!」
「反論は認めないよ。」
「嫌!!」
薬品の匂いのする布で鼻と口を強く押さえられ、薄れ行く意識の中で、私は……
「エリオ、頼むからもう泣くな…」
酷く弱々しい、痛みで潰れしまいそうな貴方の声を聞いた……。
君を想ってこそ…
君の痛みも、悲しみも、全部二度と溶けないように氷らせてあげる。
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