「名前ちゃん可哀想…。」
「大丈夫?」
今朝、嫌な夢を見た。
あれはもう、 昔の、夢だ…。
*
私がこっちに越してきたのは、中学に上がる前のことだった。 最初は見知らぬ街に戸惑ったものの、今じゃほら、電車に乗って一人で本屋に来ることだって出来る。
普段から利用している定期券を使ったから余計な切符代は無し。買いに来る手間はかかるけど、送料無料の通販よりこっちの方が好きだ。 元々出掛けるのは好きだし、一人だって何とも思わない質だし。まあ、友達と出掛ける方が楽しいっちゃ楽しいけど。
目的の雑誌やら漫画やらが出ているのを確認してから、適当に店内を見て回る。
何気なく足を止めたのは、書籍化された携帯小説とか恋愛マニュアル本なんかが陳列された場所だった。
思い浮かべたのは、雨宮さんもとい太陽君のことだった。
…携帯小説か。 著者の実話とかを書いてるやつもあるけど、あれだよ…その、山あり谷あり不幸どさどさで色々あっても、心から愛してくれる人がいるってのは羨ましいことだよねいやはや。
私は一冊の恋愛マニュアル本を手にとってページをめくってみた。 よくモテ本を読むのは不細工でモテない奴だの言われてるけど、そりゃ可愛い子にゃあ黙ってたって男寄ってくるっつの!!と心の中で負け惜しみを言いながら、私は大して中身を読まずに本を戻した。
予め有無を確認していた目当ての雑誌と漫画を一つずつ取り、レジで支払いを済ませて店を出る。 それから10分ちょっと歩いたところにある落ち着いた感じの喫茶店に入る。
扉を閉めれば、車が走る音といった道路の騒音が小さくなった。 一人でお店に入る時とか、自分が実年齢より少し大人びて見えることに得を覚える。
ここに来るといつも頼んでいるアイスカフェオレを注文して、鞄から読みかけの小説を取り出した。
「……。」
なんだろ。 本読みたいのに、別のこと考えちゃうな。
まあそれは勿論、雨宮さんのことなんだけど。
…ヤバい、雨宮さんのこと、意識してきたな。
私の胸を締め付けるこのもやもやして苦しくて、不安定な感情は所詮、恋とかいう恐ろしい感情で。
私なんかが彼に似合うはずもないのに。またどうせ、残念な結果に終わるのに…。
うああほらネガティブェ…でもこうならずにはいられない悲しい性…。
届いたカフェオレをストローで吸いながら、脳内にいるもう一人の自分をビンタした。よし、前向きに考えよう、精一杯ポジティブに! 私だって努力したらなんとかなるかもしれない! ん?でもどうやって仲良くなろう。 だってクラスも部活も全然違うし、まさか用事も無いのに話しかけるなんてことチキンな私に出来るわけがない。 ああ、今私正に恋する乙女ってやつじゃないか、青春だなあ!!
悶々と考えても仕方ないから、私は追加注文でベリータルトを頼んで気分を変えることにした。
少し酸味の効いた果実にベリーソース、甘いカスタードとタルト生地。
美味しい。 私はコメンテーターではないから、感想はそれだけ。
特別いいことがあったってわけじゃないんだけど、なんだか幸せな気分だった。
でもそんなあやふやな幸福なんて、簡単にびりびりと破けてしまうわけで。
「ぇ……。」
知ってしまった、見てしまった。
薄らと色づき始めた空。
弾んだ心で辿る帰り道。
向かいの道路に見えた影。
可愛らしい女の子と仲良さげに手を繋いだ、笑顔の貴方。
あれはそう、間違いない。 太陽、君だ。
「……なんだ。」
はは、やっぱりそうだよね。
素敵な人には、彼女がいて当然だよね。
「何、夢なんか見てんだろっ…。」
分かってたくせに。
なんで喉が熱いんだろう。
やっぱり、 あめみやさんは雲の上の存在なんだよ。
太陽ってその名前の通りにさ。今私上手いこと言ったんじゃない?
「……。」
あーあ…私、馬鹿みたい。
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