好きな人がいるのかという質問は胸にグサッと来る。 恋愛なんて痛いだけだ…なんて、単にリア充に対する僻みでしかないんだけど。
私が恋愛出来ない理由…って、なんか前そんなタイトルのドラマあったな…まあいいか。
ひとつ、私が好きになる人は彼女持ちが多い。 ふたつ、普段男子と話す機会なんか殆ど無い。 みっつ、私はその…認めるのも悲しいのですが、不細工です。だから私に一目惚れしてくださる殿方なんて有り得ません。
「よっつ……ネガティブ。」
未だに先生の来ない保健室で呟いた。 このまま先生が来ない場合はどうすればいいのだろうか、もしかしたら出張だか何だかで校内にいらっしゃらないのではないだろうか。
…なんて。
数分後、私は彼女の口から放たれた"早退"の四文字に歓喜することとなる。
*
「おはよー。」
「あ、名前おはよ!」
「昨日足大丈夫だった?」
「うん、全然平気。スポ部じゃないし、日常生活にも支障をきたさないから特に問題はないよ。」
昨日は保健室の先生が怪我を甘く見ては大変なことになると言ったので、私は担任に電話で親を呼んでもらって早退し、そのまま車で医者へと向かった。
幸い怪我は軽く、特に走ったりしなければ何も気にすることはない。医者に診せる時、雨宮さんに巻いてもらった包帯やテープを剥がすのを名残惜しいと感じたけれど、まあ仕方ない。どちらにせよ風呂前には取ってしまうのだから。
ふと、黒板の左端に2、3人の女子生徒が集まって何かを見ているのが目に留まった。
「何かお知らせ?」
「ああ、放課後補習の名簿だよ。」
私が問い掛けると、1人がそれに返した。補習…まさか。
「それって、こないだの定期テストの…数学?」
「そ。赤点組は今日から放課後は三日間、部活休んで多目的E教室に集合。」
なんだと?
「私今回赤点だった。」
つまり該当者。…見なくても分かる、私の名前は確実にそこに在るのだと。
「何点?」
「あー…33。」
「あちゃー、惜しい!」
今回の赤点は35未満。つまり34からと定められていたため、私は問答無用で部活に行くことを禁止されてしまった。
更に最悪なことに、名簿には私と仲のいい友人は一人も該当しておらず、名前が載っていたのは私を含め男子4人と、普段それほど話すこともない女子2人組。 やっぱり真面目に勉強してれば良かったぁ!!それが無理なら彼女らとそれなりに仲良くなっとくんだったぁ!!
なんて。放課後が来るのが嫌だった。
しかし嫌だ嫌だ言ってても来るもんは来てしまうわけであって。
個々のお友達グループができている空間に、ぼっちとはなんとも居心地の悪いものだとつくづく思う。 他のクラスの人もいるけど、友人の輪が狭い私には関係のないことだ。
席が自由ではなく指定だったのがせめてもの救いだ。 えっと私の番号が書いてある机は…あったあった。
「……。」
…ああ、もっとフレンドリーな人間になりたいなぁ。 例えばそう、雨宮さんみたいな。
「名前さんも補習?」
「うん、点数悪く、て…。」
ぅ、うわー!!噂をすれば雨宮さん!!マジか!!
なんてタイミングだ。そう思いながら、私は隣の席の椅子を引いた雨宮さんに"しかも席隣かよ!!"と脳内でツッコミを入れた。
「意外、雨宮さんってスポーツも勉強も出来る完璧人間だと思ってた。」
「いや、勉強とか頭使うことは全然駄目だよ。入院してた時も病室抜け出してサッカーしてた時間の方が多いかも。」
なんと。てっきり入院期間は、皆に遅れを取りたくないんだなんて言ってがっつり勉強してたのかと…。
「それっていいの?」
「勉強がってこと?それとも病人としての方?」
「えっと、どっちも。」
あ、私ちゃんと雨宮さんと会話成立してる、すごい。
「まあ、勿論病室抜け出したら冬花さん…看護師さんにすっごく怒られたし、たまたま調子悪くなって救急車呼ばれちゃったこともあったけど、今となってはいい思い出だよね。」
うんうんと頷く雨宮さんに、私は苦笑いを浮かべた。
「脱走、もしかして常習犯?」
「うん。」
「えぇ…言っちゃ悪いけど、雨宮さんよく生きてたね。」
噂じゃ結構重い病気だって聞いてたのに。
なのに雨宮さんは、大したことないように軽く笑っていた。
「あはは、僕もそう思う。自分の子供には絶対真似して欲しくないかな。」
「わ、笑い事じゃねぇ…。」
某アニメ映画みたいに命を大切にしない奴は大嫌いだ!とは、言わないけどさぁ。
「…あの、名前さ」
雨宮さんが何か言い掛けたが、教室に授業担当の先生が入って来たのでその先を聞くことは叶わなかった。
補習とは言えど、そこにはきちんとした授業中の空気が出来ていて、とても私語が出来るような状態ではない。
先生が黒板に向かってチョークを動かしている時のことだった。
雨宮さんが、私の机の端をとんとんと音が出ない程度に叩いてきた。
何かと思って視線を動かすと、彼の指先が配布されたプリントの端を指した。
そこには、"さっき言いかけたんだけど…"、とシャーペンで書かれた文字が並んでいた。 言うまでもなく、これは雨宮さんが書いたものだろう。
…なんだ、筆談か、こんな私なんかと筆談をしてまで会話するつもりなのか。
そこまで言いたかった事なのかと疑問に思いながら、私は筆入れの中から百円ショップで買った付箋を取り出し、一番上の紙に"どうぞ"と返事を書いた。
それを確認した雨宮さんは、先に書いていた一文の下に新たに文章を書き連ねた。
"雨宮さんじゃなくて、次からは名前で呼んでよ?"
…なんですと?
私は雨宮さんの天然イケメンスキルにいろんな意味で感動を覚えつつ、たった3文字しか書かれていない一番上の付箋を剥がして丸めた。
そうしてまた一番上の付箋にメッセージを書き、雨宮さんに見えるように机の端側に移動させる。
"いやいやそんな、私ごときが恐れ多い…特に不自由してませんからこのままで平気。"
重なった付箋の上でシャーペンを動かせば、筆圧が強いせいで下の付箋に薄らと跡が残った。
名前呼び…別に特別なことじゃないんだけど、皆も雨宮さんのこと名前呼んでるけど、ホント私なんかが天下の雨宮さんをそんな、ねえ?図々しいような恥ずかしいような…。
一人頭の中でぐるぐるとそんなことを考えていると、視界の端で雨宮さんが私の貼った付箋を剥がしたのが目に入った。 どうやらそこにまた返事を書いているようで、元の位置に戻された蛍光ピンクの付箋には、私がシャーペンで書いた黒い文字の上に赤ペンで雨宮さんの文字が上書きされていた。
"僕は名前がいい!"
…呼ばれ慣れてないってのもあると思うし、雨より晴れの方が素敵だとも思うけど…無駄に我が儘だなこの子。
再び使用済みの付箋を回収して、新しい付箋に続きを書く。
なんだよ雨宮さん、名字で呼ばれるの嫌だったなら最初から言ってくれてよかっ…いや、私が困るか。
ほんの少しだけど、仲良くなれたのは雨宮さんが友好的に接して来てくれたおかげだものね。
"太陽君"
それだけを書いて、私は付箋を剥がして貼った。 すると彼は、私の貼った付箋を剥がさずに手だけを動かし、私の文字の上にちょんちょんと赤いペンを走らせた。 え、まさか文字間違えた? 一瞬心臓が嫌な音を立てたが、手の離れた付箋を見て安心した。でも別の意味で心臓跳ねた、けど。 赤い線が、"君"の文字の上に二回引かれていた。
…まるで可愛らしい少女漫画ストーリーだぜ。 そう思った自分を馬鹿だなと笑いながら、私は改めて付箋を重ねた。
"太陽"
普段何気なく書き慣れている単語のはずなのに、妙に恥ずかしかった。 心臓が無意味にどきどきしたし、嫌にぎすぎすもした。
その理由は知ってるけど、知らないふりをした。
"うん!"
雨宮さんの書いたその文字を最後に、付箋でのやり取りは終わった。
が。
補習授業が終わり、私は声が出ない程度に深く息を吐いた後、机に広がった道具をそそくさと鞄に詰めた。隣の雨宮さんは、前の席の男子と楽しそうに話していた。
あーあやっと終わった。帰ったら何しよう、録画したバラエティーでもみようかなあなんて考えながら、私は立ち上がった。すると、
「あ、またね名前!」
突然のことだったから、肩が少し跳ねてしまった。 雨宮さん、だよね?今、私に声かけてくれたの。 そっか。私が太陽って呼ん…書いたから、おあいこってことですか?あれ、なんかニュアンス違う?と、とりあえずどうでもいいやそんなこと!!
「ぅ、うんまたねっ!」
なんていうの? これだからイケメンはずるい。
芽吹き始めた感情の葉を、自分に嘘ついてむしり取ってしまいたかった。
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