ずっと学校を休んでる男の子がいた。
重い病気だって聞いてたけど、サッカーの大会であるホーリーロードとやらの試合には一緒に出たのだと、クラスメイトである男子が話していた。
すっごい格好良かったんだよと、特に面食いでもない友人も彼を褒めていた。
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自身の学校が勝ち残っているだけあって、当日の応援には学校からバスが出ていた。希望者はそのバスで観戦に向かって、お弁当無しお茶付きで団体応援をしたらしい。 事前に参加希望の用紙が配られて、友人含め生徒の殆どが参加しますに丸をしたらしいけど、私は有無を言わずに用紙を畳んで美術室のごみ箱に捨ててしまった。 まあ、結果は負けてしまったらしい。
…あれから1ヶ月か2ヶ月経った。
他の部の大会がいつだったかなんて覚えてないから、それが実際どの位なのかは分からない。 緑色だった木々も、ちらちらと紅葉に染まる準備を始めようとしているのではないかと思いきや、秋と夏の間なんてまだまだ暑い。日中、土から出てくるのが遅れてしまった蝉は元気に鳴いていたし、家で飼っている犬もぐったりと日陰で寝ていた。
今日は日曜日だから、明日からまた学校か…。
夜、テレビでやっていた洋画を視ながら、私は放っておいた週末課題をこなしていた。特に気分が沈んでいるというわけではないが、なんとなく憂鬱だ。
私達の教室には、ひとつだけ空席があった。
そういえば、明日からその彼が学校に復帰するらしい。 名前は確か、雨宮太陽と言ったはずだ。
皆は騒いでいたけれど、私はそうでもなかった。噂となったサッカーの試合も見てないし、何度か学校には来てたらしいけど、いまいち思い出せない。どっちにしろ私には関係ない、なんて言ったらかっこつけかもしれないけど。事実あまり関りを持つこともないんだろうな。 彼が人気者ならなおのことだ。
*
翌朝、私が教室に入ると、既にあの空席には人だかりができていた。
初めて見る光景じゃない。以前、いや、彼が学校に来た日はいつもこうだった。気にならない、わけでもない。 ちらりと賑やかなそちらを見れば、あの空席には綺麗なオレンジ色の髪をした雨宮太陽その人が座っていた。
聞こうとせずとも自然と耳に入って来た会話によれば、彼はホーリーロード後に手術を受けたらしく、それが成功したにも関わらず学校に戻るのが遅れたのは、手術後のリハビリがあったからなのだそうだ。
完全復帰。だからもう大好きなサッカーが目一杯出来るのだと、聞き慣れない声が言っていた。
この教室に彼が加わっても、やっぱり私の日常に変化が訪れるわけでもなかった。 本人との会話も配布物だとか連絡とか事務的なものばかりで、彼が私のことを知っているのかさえ分からない。 私はいつもの女友達メンバーと一緒に過ごして、適当に年を越した。
そうして気付けば、あの空席が空席じゃなくなった日から、既に一年が経過していた。
クラス変動があって、彼とは勿論、私は仲の良い友人とも離れてしまった。 だからといって孤立してしまったわけでもなく、新しいクラスでもそれなりに仲の良い友人を作ることもできた私は、去年となんら変わり無い平凡な日常を過ごしていた。
私は可愛くも綺麗でもない。悪く言えば不細工。勿論、顔の話。
だから、私は自分を諦めていた。彼氏のいる友人の話や告白したされたといった類の噂を聞いても、羨ましいなどとは少しも思わなかった。
ただ、夢を見てはいた。
大人になったら、こんな私を好きだと言ってくれる人が現れて結婚を申し込んでくれるのだろう、と。言い方は大分酷いけど、テレビには私より顔が悪くても幸せを掴んでる人なんて沢山いるじゃないか。 たった一人だけでいい。その人と出会うことが出来たならそれでいいのだ。 今じゃないんだ、それは。
いつかやった姓名判断によれば、私のモテ期は20と24の時で、結婚はかなり遅めらしい。それに、今は彼氏がいなくても充分充実している。聞く人によれば、意地張ってるだけのように聞こえるかもしれないけど。
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窓の下の方から、騒がしく部活へ向かおうとするバスケ部の声がした。サッカー部もそうだけど、運動部って皆平等に仲が良く見えるから不思議だ。 そんなことを思いながら、私は水道の蛇口と水道水で満杯になったペットボトルの蓋を閉めた。 スケッチブックと筆入れ、それから画材の入った鞄と水の入ったペットボトル。それらを抱え、私は先輩方が油絵を描いている横を通り過ぎて美術室を後にした。
靴を履き替えてようと上履きを脱いだ時、黒いタイツ越しに爪先が青くキラリと光った。
外に出ると、外周を走っている陸上部が校門の前を通り過ぎて行った。とりあえず何処を描こうかと、私は学校の敷地内を適当に歩き回ることにした。 結構広いし、緑の手入れも行き届いているこの学校が、私は好きだった。 外部の来客に良い印象を持たせるために植えられた花も綺麗で、学校なんだけど、なんだかお金持ちの邸のようにも見えた。
途中、同じ部活の女の子三人が一緒に活動をしているのを見た。
彼女達も私と同じようにスケッチをしに外へ出ているのだ。 仲は悪くはない、良いと言えば良い。けれど、一緒に行こうと誘ってくれる程の仲でもなかった。そのことが少し痛くて、私は一瞬喉が苦しく感じられた。 多分、私から一緒に行ってもいいかと問えば了承してくれるんだろうけど、断られたり、心の中では不快に感じられていたらどうしようと思うと、どうしても勇気がでなかった。
ここにしよう、と私が腰を下ろしたのは、幾つもある石材のベンチの1つだった。
私の視線の先には教職員用の第二駐車場がと、それを囲む花壇や木々の姿があった。 ここなら人の通りも少ないし、一人でゆっくりできる。
グラウンドの方から聞こえるボールの音や体育館から響くシューズの音、部活動に励む運動部の人達の声をBGMに、私は3Bの鉛筆を走らせた。
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外の絵を描ける時間は限られてくる。空が暗くなったり、夕焼け色に地面が染まってしまえば終わりだ。だから放課後の部活で描ききるにはやや日数がかかってしまう。
完成した一枚目を捲れば、バラリと画用紙の厚い音がした。二枚目には、一枚目の絵の右隣の場所を描く。 スケッチブックから画用紙を取って隣に置けば、横長の絵になる仕組みだ。私はこれをぐるりと一周分完成させるつもりでいた。目線を変えて鉛筆でアタリを取って、HBの鉛筆で薄く形を取ってから濃い鉛筆で細かい線を描いたり明暗をつけていった。
ふと、それまで聞こえていたものとは違う"音"がした。 人の足音。でも別にこの道を人が通ることは珍しくないし、私がここにいたとしてもああ美術部の人かぐらいにしか思わないだろう。
だから大して気にすることなく、私は手を動かし続けた…のだが、足音はその人の気配と共に私の背後で止まった。
誰かと思い振り返ってみれば、そこには私たちの様子を見て回っているのだろうか、顧問の先生がいた。
「なんだ先生か、誰かと思いましたよ。」
2、3私にアドバイスをくれると、先生はまた他の子のところへと行ってしまった。
天気が良いせいか、少し眠くなってきた。
数分と経たないうち、私の背後にはまた人の気配があった。先生が何か私に言い忘れたことでもあったのだろうか。
「上手いね、それ。」
「え?」
やけに声が若いじゃないかと思い振り向けば、そこに見慣れた皺の顔はなかった。
…うわ、どうしよう、知らない男子に話しかけられた。
「そ、それはどうも。」
あ、違う。思い出した。
この人確か…雨宮、太陽。
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