流星群。

同じ軌道上を揃って飛ぶ宇宙塵の流れを、地球が横切ったとき、相対運動の前面にあたる場所で現れる多数の流星。
摂動を受ける以外には安定したものなのだが、軌道上の流星物質の拡散状況から、肉眼で見えるかどうかは年によって差が出てくる。

しかし宇宙開発期と共に天文・宇宙科学はここ十数年で大いに発展を遂げているため、細かな星屑一粒一粒の動きまでを観測・予測することを可能としている。




…天気は快晴。
窓から見える空には数多の星々が輝いている。

星が流れ始めるのは22時。
時計を確認すると、時刻は21時半を回っていた。


そろそろかと思い、俺は先日ミストレに付き合ってもらい購入した小箱を手に立ち上がった。






*






屋上の扉を開けると、濃紺の煌めく海の下に座る、紅い後ろ姿があった。

俺が歩を進めて隣に立つと、ナマエは俺を見上げ、
「遅いよ。」と笑った。



「いつからいたんだ?」

「空が夜になり始めた頃。日が暮れるのを見るのも素敵なものだよ。」



ナマエの視線が俺から外れ、真上を向いた。



「北極星。こぐま座のα星。」



ナマエがまた星の話を口にしたので、俺は腰を降ろして彼女の声に耳を傾けた。



「ずっと昔から航海や旅人の道しるべになって来た大切な星。」



俺の視線は北極星ではなく、小さな唇を動かすナマエの横顔へと向けられていた。



「北極星っていうのは、一つの星の名前じゃなくて、道しるべになってくれる星のことをそう呼ぶの。時差運動によって、天の北極は移動する。だから時代が変わると北極星は移り変わってしまう。一万二千年後は、」

「こと座のα星。」

「あ、正解、流石バダップ。こと座のα星…織姫星だね。」



ナマエが俺の目を見て笑った。

その瞬間、不意に彼女を抱き締めたい衝動に駆られたが、俺は拳を強く握ってそれを抑えた。



「そして、その近くにある正座が…」



ナマエが再び視線を空に戻したのと同時、星屑の中を一筋の光が走った。



「ぁ、」



ナマエは夜空に吸い寄せられるかのように立ち上がった。

最初の一筋に続いて、二つ、三つ。線を切ったように、流星の雨が夜空を走る。

ナマエが座る気配を見せなかったので、俺も立ち上がり、彼女と肩を並べた。



「綺麗……。」



それから10分程、俺達は言葉も無しに流れる星々を見つめていた。

無風の夏の夜だというのに、視覚的に涼しさを感じさせる美しい夜空は、俺の緊張の熱をも冷ましてくれた。



「ナマエ。」



名前を呼べば、彼女は首を傾げて俺見た。



「…左手を、貸してほしい。」



ナマエはその言葉に目を見開き驚いていたが、やがておずおずと左手を出した。
俺はその細い手をとり、ポケットに忍ばせていた指輪を取り出した。


びくり、ナマエの手が強張った。



「バダップ、止めて!」

「何故?」



ナマエは俺に握られた左手を隠すように右手を重ねた。



「何故って…左の薬指に指輪をはめる意味位分かるでしょ?」

「ああ。」

「そもそも女の子に指輪を贈るなんて!貴方本当に鈍いっていうかもう何考えてっ…!?」



動揺しているナマエの目には、薄らと涙が滲んでいた。



「指輪を贈る行為の意味も知っている。"分かっていない"のは、君の方だ。」

「だって、こんな…あり得ないっ…私、貴方にちゃんと、言ったじゃない…」



ナマエが俯いて肩を震わせた。



「確かに、君は俺に好きになってもいいかと聞いた。…断ったつもりは無いが?」

「っ、そうじゃなくて!」



分かっている。

ナマエが、何を言いたいのかなんて。

だが、俺は彼女を"否定"する。



「君は他者の希望に沿うことこそ正しいと思っているが、それは間違っている。君が自分の意志を持たないから、代わりに誰かが導を示してくれているだけだ。結局、君は自分の未来という不確実な期待と可能性から逃げ、他者に甘えているにすぎない。」

「違う!!」

「何が?」



声を荒げるナマエを諭すように口調を優しく調えれば、ナマエは首を横に振った。



「甘えてなんか、ないよ。自分の可能性から逃げてなんかない、だからここでこうして頑張ってるんじゃない!!」



ナマエが顔を上げて真っ直ぐに俺を見る。



「私だって、したい事ぐらいある…叶えたい夢だってある!でもっ!!でも出来ないの!!」



次々に降り注ぐ流星の如く烈しい感情の雨。
ナマエがこれまで溜めていた重荷が声なり、二人きりの屋上に響き渡る。



「…何故出来ないと思うんだ?」



その質問に、ナマエは言葉を詰まらせていた。



「君の両親は、教官に君の幸せを第一に考えると言ったそうだ。なのに、君はこれ程までに我慢を続け、苦痛を胸の内に隠して生きている。」

「……。」

「矛盾しているとは思わないか?」



ナマエの手の力が抜け、いつの間にか肩の震えも止まっていた。



「…分かってたよ、本当は。」



ぽろり。

夜の影を帯びた蒼緑の瞳から、雫が落ちた。



「誰かの"否定"を、待ってたのかもね…。だって、皆私を肯定してばかりなんだもの。間違ったことを言っても、我が儘を言っても、皆笑顔で私に優しくするの。……まるで拗ねてる子供。構ってほしくてしかない、我が儘で頑固な子供。」



ナマエの右手が宙に浮き、彼女の胸の前に留まる。



「…あはは、なんか軽くなった。叱ってくれてありがとう。」



星の輝きを反射して流れた一筋を最後に、ナマエの涙は止まった。それと同時、彼女は今までで一番美しく笑ってみせた。



「本当は、すごく嬉しかったよ。信じられない位……。だって、好きになっていいって話、ちょっと本気だったから…。」



夢みたい。声無く動いた唇。
力の抜けた左の薬指に、俺は黄緑の輝石を通した。



「これ…本物?」



ナマエは少し不安気に首を傾げた。さあなと返してやれば、ナマエは指輪をはめた左手を右手で愛おしそうに包み込み、どっちでもいいやと笑った。



「貴方からのプレゼントだもん、何だって嬉しい。」



花と一緒で、宝石等の石にも花言葉のような意味があるらしい。



グリーンサファイア。

その持つ意味は、
"自由な生き方"。






*






それまで縛っていた鎖を解かれたように、私の心は軽かった。


私は心の成長を止め、脳と身体ばかりが大きくなった、我が儘で幼稚な女だった。
もうどうだっていいなんて、拗ねて、いじけて、諦めて。
そんな私に比べて、バダップは大人だった。こんな私を、どうして彼は好きになってくれたんだろうと、不思議でならなかった。



空は流れ星でいっぱいで、願い事をするにはもってこいの夜だったけど、私の胸は言葉に出来ない程の感情で溢れていた。

左の薬指に光る黄緑色。
ペリドット…いや、おそらくはグリーンサファイア。
信じられない。彼は本当にあのバダップ・スリードなのか。

夢ならどうか、覚めないでほしい。
そう思っていると、やけに遠慮がちな声が届いた。



「…君を抱き締めても、構わないだろうか?」

「…それ普通聞く?」



私がそう言うと、彼は少し困ったような顔をしていて、なんだか可愛い人だなあと思った。



「仕方ないなあ。」



私から近付いて、彼の背に腕を回した。

…恋、か。

なんて愛おしい感情だろう。

私を包み込んだ力強い腕の感覚に、これが夢ではないことを実感した。女の子の扱い方を知らない腕。その苦しささえ、幸せだった。

…バダップの、心臓の音。
私がまだ独りで宇宙を見ていた時、この音はもっと冷たい音だった気がする。




私がアンタレスになれたとしても、バダップはシリウスだと。そう言ったのは何日前のことだっただろう。

違った。

私はもうアンタレスには焦がれないし、バダップもシリウスなんかじゃなかった。



「…ねえバダップ。」



言葉に出してなくても、指輪を貰った時点で、彼の気持ちは理解した。



「私も、貴方が好きです。」



私達は、まだ若い。

それに、彼はきっと将来優秀な軍人になって、一緒に過ごす時間も少なくなってしまうだろう。





けれど、どうか願わくば、あの軍星のように。





「結婚を前提に、お付き合いして下さい。」





この愛の輝きと繋がりが、永遠でありますように。












Badend?
No...The Great Dipper doesn't sink.

































































―――軍星。

おおぐま座の主要部をなすαからηまでの星を指す。
その柄の方向で時刻を知ることができ、またの名を、北斗七星とも言う。




















バッドエンド?

いいえ、北斗七星は沈まない。





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