「ねえ、バダップ…私、貴方を好きになってもいい?」



その質問に、俺は一瞬自分の耳を疑った。

聞き間違いかもしれないと狼狽えていると、「やっぱり迷惑?」とナマエが申し訳なさそうに笑ったので、俺は即座にそれを否定した。

すると、彼女は安心したように表情を緩めた。



「よかった、貴方女の子苦手なのかと…。」

「そんなことは…、現にこうして君とここにいる。」

「ああ、それもそうだね。…じゃあ単に鈍いだけか。」

「鈍い?」



俺が、か?



「だって貴方にお近づきになりたい女子生徒はいっぱいいるのよ?気付いて無かったでしょ?」

「…そんな風には見えなかった。」

「ほら。」



しかし、こちらが興味を抱かない女子と親しくなったところで、特に意味は無い。
俺自身が触れたいと願う、目の前で笑うこの少女は、一定の距離から俺に近付こうとしない。


…好きになってもいいかと予め俺に聞いたのは、自身に戒めをかけるためだろう。



「叶わない恋がしたいと、言っていなかったか?」

「うん。だって、貴方は私なんか好きにならないでしょう?」



確認するように揺れる蒼翠の瞳。



「……。」



そんなことはない、と、この時彼女に言えたなら。



…やはり俺にはまだ、"勇気"が足りないようだった。









「3日後にね、流星群が見れるんだって。」

「流星群?」

「そ。でも見えても一時間、かな。22時頃から23時にかけてね。」



3日後、か。



「楽しみだなあ…この星団だと、地球からは600年に一度見えるか見えないかなんだ。」



心を弾ませる彼女に、複雑な心境の俺はただ

「晴れればいいな。」

と返しただけだった。







*







アンタレス。

蠍座を形成するα星、恒星の一つ。深紅の輝きを持ち、その星の名は"火星の対抗者"を意味する。



シリウス。

おおいぬ座のα星で、強く蒼白い輝きを持つ。太陽を除けば地球上から見える最も明るい恒星で、シリウスという名はギリシャ語の"焼き焦がすもの"、"光り輝くもの"の意味であるSeiriosに由来している。



…薄らと輝きを帯びたカーテンが、朝の訪れを示していた。



「私がアンタレスになれたとしても……貴方は、シリウスだわ。」



ナマエの言葉を思い出し、俺はベッドに身体を沈めたまま深い息を吐いた。



「…シリウス、か。」



誉め言葉のつもりで言ったのだとしても、全く嬉しくなどなかった。



……シリウスは冬の星だ。



アンタレスと同じ、夏の夜空に輝くことはあり得ない。

地球から見て、宇宙の対極に存在する対星。



「分かっていて、言ったのだろうな。」



彼女は諦めに慣れ過ぎている。



「……。」



時計を見れば、いつの間にか朝食の時間だった。
身支度を整え、俺は食堂へ向かうことにした。

その途中、ミストレが1人の女子生徒と話しているのが見えた。特に珍しくもない光景ではあったのだが、俺はその女子生徒の鮮やかな髪色が目についた。

俺に気付いた彼女は、窓から差し込んだ日の光で輝く瞳を細めて、「おはよう、バダップ。」と言った。



「ああ。……おはよう。」



夜の屋上以外でナマエと話したのは、随分と久しぶりのことだった。それから2、3言葉を交わしたのだが、全く覚えていない。
気が付いたらナマエの姿は無く、ミストレが俺の顔を探るような眼差しで見つめていた。



「……何だ?」

「あぁ、いや。なんかオレの知らない間に随分仲良くなったんだなーって。」

「…一応、和解はしたつもりだ。」

「そっか。…朝食まだなんでしょ?一緒に行こう。」

「ああ。」



…ナマエの目は、やはり明るいうちは爽やかな蒼翠色をしていた。琉球の海のような、透き通った硝子玉の瞳。光をあてなければ輝かず、落とせば簡単に砕けてしまう。



「…このままでいいのだろうか。」



思わず心中の声が漏れてしまった。



「…何が?」



ミストレは全てを見透かした様な微笑を浮かべ、俺に問うた。



「…ねえ、君はナマエにどうあって欲しい?」



……彼女には、自分の意志を抱いてほしいと思う。
自分がどうありたいのかを周囲に伝え、それを貫く"勇気"を持ってほしいとも。



「ナマエの自己主張能力が上がればそれで満足なわけ?」

「それは…」



違う。

黙り込む俺に、普段から女子生徒と接することに慣れているミストレは呆れることもせず、俺の目を真っ直ぐに見て言った。



「バダップ、君自身はどうしたいの?
彼女と一緒に、どんな結末を迎えたいの?
初恋は実らないなんて馬鹿な迷信に沿って、ただバッドエンドが来るのを待ってるだけでいいの?」

「っ、俺は……。」


















「諦めちゃだめだろ?」







ミストレのその言葉に、俺ははっとして目を見開いた。




ナマエは与えられた自分の人生を自ら受け入れている、そう固定認識していた俺自身が、彼女を"諦めて"いた。

そうだ、"勇気"はそれを持ちえる者が示さなければならない。


かつて俺にサッカーを通じてそれを教えてくれた、あの少年のように。



「俺は、ナマエに……。」



心から好いてもらいたいと思っている。彼女にこの手をとってほしい、と。

崖の上に咲く花、最初から捨てている恋愛の対象として見られるなんてものは御免だ。





君が手を伸ばそうとしないなら、俺が君の手を引こう。






「ミストレ、」

「なぁに?」



前にも一度、同じ言葉を口にした気がする。



「頼みがあるのたが…。」



俺がそう言って用件を伝えれば、ミストレは待ってましたと言わんばかり、満足気に笑った。



「勿論、付き合うよ。あ、その前に朝ご飯ね?」







流星に願い事をするのであれば、俺は……。











交わること無き対星よ。さあ、流星に願いを込めて……。




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