「まあ…最初に貴方を呼んだのは、私なんだけどね。」
彼、バダップ・スリードが来るまで、ここは私"独り"の空間だった。
星を眺めては宇宙に溶け、この世界に生まれ落ちた生命の音に耳を傾ける。
自分の心臓の鼓動が、私の脳に響く唯一のオト。
届かない星に臨むことで、私は自らの存在意義を見出だすことから目を背けていた。
そして深い夜の色が、私の心を慰めた。
すごく簡単に言ってしまうと、星を眺めることで、また明日も頑張ろうという気持ちになれたのだ。
母さんは私を無理に産んだせいで、二度と子供が産めない身体になってしまった。
だから両親は一人娘である私に、目一杯の愛情をくれた。
私のことを一番に考え、何が私の幸せにとって最善の選択であるかを、常に示してくれた。
けれどそれがいつの間にか、私を縛る重荷になっていた。
王牙学園に入学したことが、私の人生においての最初で最後の反抗だと考えていた。
我慢することさえ無にしてしまおう、弱音を吐くのはこの星達にだけ。
卒業したら、父さんや母さんの望むままに生きてやろう。
私にくれた分の愛を、皆に返してあげよう。
皆が私の幸せを望んでくれた分だけ、私も彼等の幸せを望もう。
……なのに、あの夜をきっかけに、私の幸福の理想像に小さな亀裂が入り始めた。
心臓の音しか聞こえなかった空間に浸透する、私の声。
大好きな宇宙を語る小さな奏は、いつの間にか心臓の音さえも掻き消していた。
「いつからだろうね。ここで貴方と話すことを、楽しみに思うようになったのは。」
抑揚の無い声が、私の唇から零れた。
彼の銀色の髪が、夜風に揺れる。
友達といるときとも違う、穏やかでいて、自然と口元が綻ぶ不思議な時間。
このまま夜が明けなければいいのになんて、有り得ないことを望んでしまう程に、私は"この世界"に安らぎを感じてしまっている。
「…前に、私、星が欲しいって言ったでしょう?」
夜空に輝く一点の紅い光を見つめ、私は指を差した。
「あれがいい。」
親に欲しい玩具をねだる子供の様に。
「アンタレスか…。」
「うん。」
数歩離れた先にいる彼が、私の見る同じ点を見上げる。
「"欲しい"ではなく、"なりたい"、だろう。」
突然そんなことを言うものだから、驚いた。
顔をこちらに向け、私の目を真っ直ぐに見て。
夜空の下でも輝きを失わない深紅の瞳が、私を射抜く。
「"アンタレス"の意味を知っていて、そう言ってくれるの?」
皮肉を込めて言ったつもりだった。
「"火星の対抗者"。」
……なりたい、か。
確かにそうなのかもしれない。
「うん…正解。」
でも無理な話だ。
だって、誰も私を" "してくれない。
……どうしてこの人は、こうも簡単に私の核心を突いてくるんだろう。
「…やっぱり、天才様の考えることは分かんないなぁ。」
私がそう言うと、バダップは眉をひそめた。
「オレは"天才"などではない。それは人が作った"逃げ"の言葉だ…。何事も努力の積み重ねがあってこそ、目に見える結果となる。」
「…真面目さんだなぁ。つまり貴方は、人一倍頑張ってるんだね。……偉い。」
美しい紅と銀に、目を奪われる。
開いていた距離を詰めて近づくと、私はその"輝き"に対し、酷い劣等感を抱いた。
「私がアンタレスになれたとしても……貴方は、シリウスだわ。」
赤銅色の頬に、恐る恐る手を伸ばす。払われたらどうしようなんて思ったけど、私の手のひらは拒まれることなくその肌に触れた。
……ああ、今私きっと、凄く情けない表情してる。
「好きだよ、
バダップ・スリード
貴方のその目…。」
その煌めきが、羨ましいの。
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