この国の個人の氏名の在り方は、時代と共に変化してきた。

代々変わらぬ漢字の苗字を先に名乗る者、国外の血が混じり、片仮名であるファミリーネームを後に名乗る者の二種。

俺は後者だが、"彼女"は前者だった。

鮮血の如く紅い髪と蒼翠の瞳を持つ彼女は、名を、基山ナマエといった。

知識、実技、全てにおいて、彼女は教官達も一目置く実力者だった。
ただ、オペレーション・サンダーブレイクにおいては、俺がバウゼン教官に渡された生徒のデータに基山ナマエの名前は無く、性別が女性であることからミッションを省かれたと見られた。



「見事だナマエ、以前よりもキレが増している。」

「…はぁ、ありがとうございます。」



ヒビキ提督が視察に来ていた戦闘実習の授業では、光栄なことである提督の評価を適当に流していた。
俺はナマエのその態度に不快感を覚えたが、彼女は何も普段から目上の者に敬意を払わないのではなく、彼女が教官の評価を良く思わない理由は分からなかった。


敵を抹殺することを嫌悪するわけでもない。
むしろ基山ナマエは知識力より戦闘能力の方が長けていた。






「基山ナマエって、君のクラスの?」

「ああ。」



ある日、ミストレに"気になる女子はいないのか"という質問をされた。
俺は正直に答えたつもりだったのだが、ミストレは俺の顔を見て眉をひそめた。



「…バダップ、君オレの質問の意味分かってる?」

「気にかかる女子生徒だろう。」

「はぁ…。まあいいや、んで、基山ナマエね。ナマエならオレの親衛隊の子だよ?」

「は?」



基山ナマエが気さくな人柄であることは知っている。
彼女を慕う人物が多いことも。

だが教室では比較的大人しい彼女が、ミストレに好意を抱く他の女子生徒の中にいるのは想像がつかない。



「趣味は悪くないんじゃない?オレには劣るけど、ナマエ結構美人だし。たまにしか話さないけど、一緒にいて悪い気はしないよ。」

「…"ギャップ"、だろうか?」

「え、何が?」



俺は、基山ナマエのことをどこか自身に似ていると感じていた。

考え方や在り方。国を憂い、享楽に溺れることもなく、常に冷静沈着であろうとするその姿勢から何まで。

それを伝えると、ミストレはなぜか笑った。



「彼女も歳相応の女の子ってことさ。それに、国の未来を思うのはオレたちだって同じ。バダップ、君が堅物過ぎるんだよ。」

「そうか?」

「まあ、これでも大分マシになった方だと思うよ。以前の君なら、誰かと一緒にいること自体考えられなかったし。」



マシになった、とは、一体どういうことなのだろうか。






*






夏の長期休暇が近づいてきた。

長期休暇といっても、王牙学園の休暇期間は一般の学校よりも遥かに短い。
それでもやはりないよりはいいのだろう、生徒間では休暇の過ごし方についての話題が目立つようになっていた。

寮暮らしの生徒は実家に一時帰宅する者が多く、俺も2、3日ほど実家に顔を出すつもりでいた。




翌日の昼、俺は理由も分からずにバウゼン教官に呼び出された。


また何かの特殊任務という可能性も考えたが、俺を見てため息をついた教官に俺は首を傾げた。



「何か、俺に問題でも…。」

「いや、違う。お前は今も充分称賛に値する逸材だ。」



かつて任務を失敗したとはいえ、あの時に変わったのは俺達への評価ではなく、ヒビキ提督達の考えの在り方だった。


変えるべきは過去ではなく、未来であると。



「バダップ・スリード、お前を見込んで頼みがあるのだ。」

「頼み?」



任務ではなく、か。



「ああ。基山ナマエを知っているだろう。」

「存じております。」



彼女が何か不祥事でも起こしたというのだろうか。



「彼女を説得してもらいたい。」

「説得、といいますと。」

「我々は当初とある理由から、基山ナマエを危険視していた。我々の目指す国家の妨げとなる存在なのではないのかと。だが、それは間違っていた。女子生徒ながら、彼女は最早この王牙学園においてお前達と同格だ。」



お前達というのはおそらく、チーム・オーガのことを言っているのだろう。



「我々は、彼女には将来的にもこの国を担う人間になってほしいと考えている。しかし、どうも彼女の考えは違うようなのだ。」

「では、説得というのは…。」

「お前から言って聞かせてほしいのだ。基山ナマエには忠誠心こそあるものの、肝心な愛国心が欠けている。」

「了解しました。」



士官学校ではあるものの、全ての生徒が卒業後に軍人を志すわけではない。

しかし王牙学園に入学した者であれば誰でも確かな愛国心を持ち、国家に関わる道を進むのが当然のことと考えていた。

俺は、基山ナマエが理解出来なかった。





*






「基山ナマエ、話がある。構わないか?」



放課後、俺が声をかけると、ナマエは顔を顰めた。



「バウゼン教官に言われたのね。」

「何故そう思う。」

「バダップ・スリードが私なんかに話し掛けるなんて、理由がないから。一目惚れとかする人には見えないしさ。言っとくけど、私と話すだけ無駄だわ。考えは変わらない、バウゼン教官にもそう伝えて頂戴。」



そう言うと、彼女は足早にその場を立ち去ってしました。


考えは変わらない?

そもそも俺は彼女の"考え"とやらを聞いていないのだが…。




その後も何度か接触を試みたが、全て本題に入ることなくあしらわれてしまった。






「バダップ、最近どう?」

「ミストレ……どう、とは?」

「なんかナマエにフラれ続けてるらしいじゃないか。」

「フラれ……。」



ニュアンスは違うが、まあ間違ってはいない。


バウゼン教官が俺に頼んだのは、おそらく彼女に対しても俺と同じような志を持ってほしいからなのだろう。

だが、相手が女性であるならば、ミストレの方が適任なのではないだろうか。



「ミストレ、頼みがある。」



基山ナマエを連れて来てほしいのだが……。






*






「駄目だったよ、すぐに君がらみだってバレて逃げられちゃった。」

「…そうか。」

「バダップ、ナマエに何かしたの?」

「いや、俺ではなくバウゼン教官が…」

「教官が生徒に手出したの!?」

「違う。」

「バダップ・スリード!」



ミストレと話していると、なんと基山ナマエ本人が姿を現した。



「ナマエ、逃げるなんてひどいじゃないか。」

「仕方ないじゃない。それにこうして来てあげたんだから結果的にはいいでしょ。……はい。」

「?」



ナマエは俺の目の前に小さく折り畳んだ紙を差し出した。



「話はそこでしかしない、貴方一人で来て。鍵は、開いてるから。」



彼女はそれだけ言うと、またどこかへ行ってしまった。


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