「いい試合にしよう。よろしくな!」



私の目の前で、円堂守が笑った。


いよいよだ。

私は、俺は、今日この日の為に生きてきたと言っても過言ではない。

ここからが、本番なのだ。


「見下げ果てた奴だ。戦場で敵と馴れ合おうとは」



面を、より深く被った。



「戦闘準備。散開せよ」



頭痛が止まらない。
理由なんて、知らない。

暗いバトルフィールド、着々と流れる試合。

繰り出す必殺技と、決められた台詞。



私の放った必殺技で、円堂守が倒れた。



…不快だった。



彼も筋書き通りに動いているはずなのに、円堂守の持つ輝きは、私の頭痛を悪化させた。



円堂守が私の目を見ている。

鬼面に隠れ、光も感情も無い、濁った瞳のその深遠を。



どうして。

どうして"私"を見るの。

何が言いたいの。



円堂守が右腕で体を支え、立ち上がろうとした。

視線が外れた。右腕に負った傷の痛みが分かる。



「……ゃく。」



早く来い、円堂カノン。






*






五色の閃光が空を青に戻した。

美しいその光を、私は感情の無い表情で見つめていた。



「ナマエ。俺はサッカーを捨てない。サッカーが大好きな仲間がこんなにもいるんだ。捨てるわけにはいかない!」



円堂守が挑むように私を見た。

そうだ、それでいい。



「こい、えんどうまもる…。」



"私"の口が動いた。






*






それから何があったのか、あまりよく覚えていない。


気付いたら円堂守を中心としたオレンジの光が強い輝きを放っていて、衝撃波がおさまったと思えば、円堂守はボールを胸で抱えて私を見たのだ。



「止めたぞ!ナマエ!」



その言葉を聞いた途端、試合中ずっと私を苦しめていた頭痛も治まった。


ただ呆然としていると、インカムからバウゼンの声が聞こえた。



「ナマエ。何をしている。試合はまだ、動いている!」



知ってる。

でもね、終わったよ、もう。


さあ、感動のフィナーレといきましょう。




つらつらつらつら。

脳に浮かんだ言葉をなぞって演じ、未来を変えると革命宣言。

そんなこと、ずっと前から知ってます。



「円堂守よ…。俺達は、お前の言う勇気を見失っていたのかもしれない…。未来は、俺達の進むべき未来は…」

「見つかるさ!お前達の勇気で、きっとな!」



眩しい笑顔だった。

口頭ではあんなことを言っていながら、私は不安でいっぱいだった。

だって、これから先の"未来"には、何一つとして台本が無い。


私の道しるべが、途絶えてしまった。
…可笑しな話だ、あれだけ原作に捕らわれて生きてきたというのに、いざそれが無くなってしまうとなると、不安で仕方ない。



「……。」



円堂守が右手を差し出す。

その手を見つめ、私は自嘲の意味を込めた小さな笑みを浮かべた。



だって、この手はとれずに終わるのでしょう?



一歩、二歩。

握手を返そうと互いに歩を進める。



そしてついに、握手を阻むように降り注ぐべき赤い光は……来なかった。



「ナマエ!」



私がその事に対して困惑していると、円堂守は両手で私の右手を強く握った。



「ぇ……。」



どうして…だって、そんな…。



熱い。

こんなにも直接伝わってくる他人の体温。


円堂守が、力強い眼で私を見る。



「大丈夫、怖がることなんかないさ。」

「ぁ…、」



流石、主人公様?



……いや、違う。

だって、彼は確かにこの世界で"生きている"のだから。



「円堂、守っ……!」



貴方は……そうか。

だから、貴方は私の目を見てくれたんだね。



「出来るかな?」



目頭と喉が熱くなって、鼻の奥がツンとした。



「未来、変えられるかなっ…?」



嗚咽が込み上げ、涙が零れた。

何年かぶりの感覚に、私が"私"であることを思い出す。



「出来るさ、ナマエが変えたいと思うならな!」



円堂守の右手が、私の肩に置かれた。



「俺、この試合の間ずっとナマエを見てた。最初は変な感じの奴だとか思ってたけど、ナマエが何かを我慢して動いてんのが分かったんだ。」



優しい声だった。

溜まった涙を促す音。
陽の光が、蝋の心臓を溶かしていった。



「あー、何て言ったら分かんないけどさ!言いたいことがあったら言う、したいことがあるなら挑戦する!!ともかく、こう、バーンってさあ!?」

「……ああ。」



言っていることは無茶苦茶だけど、円堂守の言葉は、私の胸にしっかりと届いた。



「ありがとう、円堂守。…変えてみせるよ。運命を、いや、未来をね。」

「ナマエ…、そっか!また一緒にサッカーやろうな!!」

「うん。」



叶わない約束をするなんて、ね。

けれど、彼の音を、輝きを、私は信じることにした。

直感的に、そろそろ時間だと思った。

その場から一歩下がれば、私達を囲む紅い光が未来から降り注いだ。



「……。」

「ナマエっ!!」



ちゃんと届いたよ、"勇気"。


右手で左胸を軽く叩くと、円堂守は力強い笑みを返した。






*






もといた時代へと向かう時の光の中で、私は原作の筋書きを終えてしまったことに対し複雑な感情を抱いていた。

…どうして教えてくれないの。


この後、私達はどうなってしまうのだろう。
筋書きがどうであれ、任務は"失敗"したのだ。政府に隠れて行った物だとはいえ、提督達が何の処分も下さないとは限らない。

ふと、ここまで"動いて"くれたチームの皆の顔が思い浮かんだ。

私はついさっきまで、彼等をこの世界のキャラクターとして接してきた。だからなるべく必要以上の係わりを持つことをも避けてきたし、彼等の感情も関係無しに、彼等が私の思うままに動いてくれればいいと、そう思っていた。

けれど、それは間違っていた。



…どうしてだろう。

どうして私は、原作に沿うことを望んだんだろう。



どうして私は、こんなにも……。



「……ああ、そっか。」



そうだ、私は。
この世界が、皆が、大好きだったんだ。

皆の世界を、未来を、壊したくなかったんだ。



「……。」



円堂守、私、頑張るよ。

大丈夫。戦況の逆転とか、相手を論破することとか、割と得意だし。





――まだ、お面は外せない。



何があっても、私は彼等を必ず守る。







例え自分の未来を潰しても。







disagree





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