「来た。」
この時が来るのを、私は不安と期待の入り混じった感情で待っていた。
知らないアドレスからのメール。差出人はあのミストレーネ・カルスだ。
漫画設定上の校舎裏という可能性もあったのだが、呼び出されたのは学園内にある闘技場。つまり私は彼の鼻を砕かなければならないということになる。
指定された時間に闘技場へと向かうと、観覧席には既に何人かの生徒とバウゼン教官の姿があった。
「やあ、待ってたよ。」
天使の微笑みとやらを浮かべた少年は、私を査定するかのように見つめていた。
「オレはミストレーネ・カルス。皆、ミストレって呼ぶよ。だから君も、ミストレと呼んでくれて構わない。」
私はまた口の中が渇いていくのを感じた。
この人も、怖い。
…どう動けばいいのかは、予め分かっている。
それを実現させる自信もある。
私が女だと知っていたら、彼の行動は変わるのだろうかなどということも考えたが、下らない考えはすぐに脳内から削除した。
何故か自然と頭に浮かぶ台本通りに台詞を述べると、彼もそれに返してくる。
さあ、早く終わらせてしまおう。
「勝負は一番きり。いいね。」
ミストレが背後に回った。
大丈夫、次は左側面からの手刀。
膝を折ってそれを避け、上に跳んで踵を落とせばいい。
次で、終わり…。
指をミストレの眼前に突き出し、私は口を開いた。
「ここが戦場なら、お前は終わっていた。」
赤い血が床に落ちる様が痛々しかった。
まあ、ある程度慣れた光景ではあるのだが…。
浅く息を吐いてから、私は闘技場を後にした。
「納得したよ。オレが君に勝てない理由をね!」
勝てない理由?
何それ。
私はただ"彼"の動きを真似ただけだ。
けれど、これでミストレーネ・カルスとの接触にも成功した。
背中に聞こえるミストレの声に、私の緊張の糸は解れた。
*
「……っ〜。」
闘技場から少し離れた廊下の壁に、私はへなへなと寄りかかった。
大丈夫、今は誰もいない。
そのはま膝を折ってその場にしゃがみ込むと、私は大きく息を吐いた。
チーム・オーガメンバーで接触を果たしたのは、ミストレで8人目。出会ってないのはあと2人。
口には決して出さないけど、精神的に辛い。流石というか何というか、皆威圧感が凄いのだ。
「ナマエ?」
急に名前を呼ばれ、私はすぐに後ろを振り返った。
気配に気付けなかったなんて、よほど疲労が溜まってしまったのだろう。
「サンダユウ…何か用か?」
声をかけてきたのはサンダユウだった。
私は膝を折ったまま会話を続けることにした。
「いや、用っていうか、ナマエが具合悪そうに見えたから。」
「そうか。まあ、確かに疲れてはいるが…。」
原因はおそらくオペレーション・サンダーブレイクが近いというプレッシャーと、サンダユウ以外のメンバーに会う度に感じる威圧感だろう。
慣れなくてはと思ってはいるが、中々上手くいきそうにない。
本当に私が彼等を率いることが出来るのだろうか、少し心配になってきた。
「な、ナマエ、血が付いてるぞ!?」
「?…ああ、これは、」
サンダユウが指しているのは私の靴に着いたミストレの血のことだろう。
気付いてはいたのだが、さすがに本人を前にして拭うのは失礼かと思いそのままにしておいたのだ。
私は膝を伸ばして立ち上がり、ポケットのハンカチで血を拭った。
「先程ミストレに決闘を挑まれた。俺の血ではない。」
説明を大分端折った気がする。
まあいいか、早く部屋に帰って休みたい。なんとなく呼吸が荒いような気がする。
「ナマエ、お前やっぱり体調悪いんじゃないか?」
「そんなことは…。」
ない、はず。
…ああ、うかつだった。
廊下にしゃがみこむのはやはり失敗だった。他人に弱ってるところ見せるなんて…。
「でも一応医務室行くか、疲労回復の薬貰いにさ。」
「は?」
ちょっと待てサンダユウ、君はどこまで過保護なんだ。
しかも医務室だと?
「断る!!」
「何でだよ?」
今医務室に行ったら確実にミストレと鉢合わせるじゃないか!
それはかなり気まずい、私としては絶対に避けたい。
そのまま強制連行される危険性もあったので、私は駆け足でその場を後にした。
*
部屋に戻って、私はベッドに倒れこんだ。
制服の上着を脱いで、中に仕込んでいたバストサポーターのファスナーに手を掛けた。
元々ある方ではないが、念には念を入れて、だ。
バウゼン教官にオペレーション・サンダーブレイクについて説明を受けるのは、ミストレの怪我が治る頃…もしくはその手前。
この時代の医療技術は驚くべき進化を遂げている、遠くはないはずだ。
恐らく、数日後。
私は、サッカーをどう思ってればいいんだっけ?
ああ、存在自体が不快、とかか。
…とりあえず今日は疲れた、風呂に入って寝よう。
プレッシャー
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