前世で私がどんな死に方をしたのか、何歳で死んだのか。そういったことは一切覚えていない。
ただ、この世界で生きる"私"が今後どのような道を辿ることは知っている。
私という存在の介入により、この世界に何らかの影響があるのかは分からない。
けれど、私は自分の人生が原作通りに進むことを望んだ。
父も母も、私の知る"設定上"の役職・立場にいる人間だったし、私が女ということから、候補として話には上げても、父は私にそれほど強く軍人を勧めはしなかった。
確かに言えることは、彼等はナマエ・スリードという存在ではなく、この世界で生きる"私"の父さんと母さんだということだ。
原作通り……何故そうするのか、なんて、自分でもよく分からない。
そうあるべきであると、私の本能が叫ぶのだ。
*
机の上の立体ディスプレイからカレンダーを開き、私は時の経過を実感した。
類い稀なる鬼才として、上級生含み王牙学園全生徒の頂点に立つこと。
それは私にとって、目標ではなく義務だった。
トップに君臨し続けるため、常に努力は惜しまなかった。
とは言っても、この世界に生きる今の私は趣味という趣味も無く、入学当初は自分を高めることに精一杯で、休日を共にする親しい友人も出来なかったため、する事と言えばある程度限られていたのだが…。
結果的に、それらは全て私が"彼"と成ることに繋がり、私、ナマエ・スリードの"設定"は自然と出来上がっていった。
近いうちにチーム・オーガとして出会う仲間は、まだサンダユウ・ミシマ以外接触していない。
彼は一年時に同じクラスになり、何度か会話を交わす程度だと思っていたのだが、今でも相変わらず一人でいる私を気に掛けてくれている。友達と呼べる存在のいない今の私にとって、彼は唯一私と友好関係を築いてくれた人間だった。
成績上位者として名前が掲示され、一位に自分の名前を発見する度、私は胸を撫で下ろしていた。
そして二位以下には決まって彼等の名前があった。
神童としてポーカーフェイスを気取っていながら、内心いつか彼等に越されてもおかしくないと冷や冷やしていた。
…と、私がこうして男子生徒の制服を着て過ごすうち、一つの問題が発生した。
「……はぁ。」
先ほど届いたメールを見て、私は何回目かになるため息をついた。
差出人は隣のクラスの女子生徒。
アドレスを教えた覚えもなければ、会話をしたことすらないのだが…。
アドレスは、おそらく何時もの如くサンダユウが教えたのだろう。
実はクラスの人間どころか、サンダユウ含め全校生徒が私の性別を男として認識している。教官は…よく分からない。ただし生徒手帳にはきちんと女子生徒であることが証明されている。
今更皆の認識を訂正する気はないし、むしろこれでいい。
私は、"彼"なのだから。
「…そんなにキツい顔してるのかな。」
名前もよく知らない女子生徒の告白に断りの返信をして、私は明日の授業の予習に取り掛かった。
「……?」
ちょっと待て。
確か明日、ディベートの授業がなかったかだろうか。
*
どうやら私の予測は正しかったようだ。
ついに私の辿る道は、私の知る原作部分に差し掛かったのだ。
ここから、始まるんだ。
"彼"として、ナマエ・スリードとして、ミスは許されない。
私は次々と作成論を展開して相手を打ち負かす、青み掛かった黒髪の少年を眺めていた。
エスカ・バメル、通称エスカバ。
当然彼とも面識は無く、彼自身私をどう認識しているのかは知らないが、"私"は彼のように常に男子の中心にいる人間というものが苦手だった。
ああ、こんな声してたんだ…。
彼の展開する戦術は穴こそないものの、よく見れば無駄に溢れていた。これでは戦場に無駄な血が流れるだけだろうに、どうして誰も気付かないのだろう。
やがて教室にはエスカバを賞賛する拍手が沸き起こった。
…そろそろか。
私は緊張を静めるために深呼吸をし、椅子から立ち上がって彼を指差した。
「勝利の拍手が沸き起こった今、俺は君を論破する。」
台詞は確かこんな感じだったはず。
「君の戦略を粉砕し、君が支配したこの教室に俺の旗を立てる。」
旗って、つまりフラグ?
……掛詞?
「イラつく喋り方だなァ、やってみろよ!」
勝算は大いにあった、負ける気も無かった。
けど、正直すごく怖かった。
「俺の負けだ。」
そう言って笑った彼が理解出来なくて、私は眉をひそめた。
とりあえず、エスカ・バメルとのファーストコンタクトは成功に終わった。
次の山は数日後…いや、明日か明後日だな。
"俺"と彼の接触
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