If parallel story.






自分がこの世界に生まれた理由を問うことなんて、もう随分と前に止めたはずだった。なのに今になって、私はこの大役を背負う為に生まれてきたんじゃないかと思う。

長くなった髪が視界の端で揺れ、私はふと、学生時代のことを思い出していた。

あの手紙は、今頃どうなっているのだろう。

見ず知らずの誰かが封を開けたのか、それとも海に沈んだか。


「…誰かがやらなきゃいけなかった。」


目の前にいるミストレとエスカバに向かって、私は意を決して口を開いた。


「私ね、後悔してない。」


今後国の崩壊に繋がるかもしれない、危険因子たる人間達。
近い将来この国に害を成す存在となるのであれば、芽を早いうちに摘むに越したことはない。しかし、彼等も確固たる地位や権力、財産を手に入れた者達だ。可能性や疑惑だけで、それらを奪うことは出来ない。
上層部は爆弾のような危険性を持つ人間達の存在に、目を瞑っていた。

私はそれに反対だった。けれど、上層部に口答えできる程、私は偉くはなかった。二十歳は越えていようとも、私はまだ若すぎたのだ。ろくに経験も積んでいない生意気な小娘の意見など、上の人間がそう易々と聞き入れてくれるはずがなかった。
仮にあと二十年経ったなら、あそこの席は私の物なのに…。
そんなに待ってられないと、自分の年齢を疎ましく思った。

汚い大人1人のせいで、何百という命が消えるなら、何千という未来が失われるのなら、何万という人間が涙するというのなら。

私は、彼等を放っておくことが出来なかった。

彼等を率いて今の軍に反乱を起こしたことこそ、私の犯した罪。


そう、二人は、私を殺しに来たのだ。


「ここまで来たってことは、もう大体片付いちゃったんだ。」

「…そうだよ。」


ミストレが私を睨んだ。


「そう、それはよかった。」


私の言葉に、エスカバは苦虫を噛んだような顔をして見せた。どうしてこんなことしたんだと叫びたくても、答えも決心も、聞かなくても分かってるから複雑なんだろう。


「じゃあはやく、ねえ…。」


二人の持つ銃を見て言った。


「        」


その言葉に、ミストレの瞳が揺らいだ。
エスカバが私に銃口を向けている。けれど、一向に引き金を引く気配を見せちゃくれない。
二人の躊躇いに、私は苦笑を浮かべた。

私だって、何も死にたがってるわけじゃない。けれど、これで多くの人間が救われる。


「ナマエ、」

「言っておくけど、私を救おうなんて考えないでね?確かに、軍が最小限の犠牲で勝てるように敢えて滅茶苦茶な作戦を実行したし、信用を得ようとこっちでも頑張ったし、時には媚びも躯も売って穢れた。けれど、私が国に逆らって反旗を翻したという事実は変わらない。罪の無い命だって奪ってしまった。」


初めから、死ぬことになると分かっていた。いや、寧ろ私はこうなることを望んでいたのだ。今事件の主犯たる私の首をとれば、二人…いや、部隊の昇格に繋がることは間違いない。
皆なら、後を安心して任せられる。


「……。」

「!?」


突然、エスカバが銃を下ろした。


「ちょっと、どういうつもり?」


駄目だよ、ねえ、何やってるのさ。


「ねえ、はやく、殺してよ?」


さっきと同じ言葉を繰り返した。ミストレが口を開く。


「ナマエ、逃げよう?」

「ぇ……。」


ミストレの言葉に、私は耳を疑った。
彼は、一体なんて事を言い出すんだ。胸にあるバッチは、私の後任を任されている証だろうに。


「何を言って…そんなことしたら!!」


そんなことをして、もし上にばれてしまえば、二人が殺されちゃう…。


「お前が率いてた奴等の企みが表沙汰になれば、例え強引な手段だったとしても、それを事前に食い止めたお前の罪は軽減されるはずだ。だから、それまで隠れてろ。」

「エスカバ…。」


愚かなことだと分かっていても、その優しさが、痛いくらいに嬉しかった。
けれど、その痛さが苦しくて、本当に苦しくて…別れが、辛くなってしまう。


「止めてよ…決心が、鈍っちゃう…。」


声を震わす私に、エスカバが歩み寄る。


「鈍ればいい…捨てちまえ、そんな決心。」


軽く見上げなければならない程開いた身長差と、低くなった声。昔よりも大分太くなった、力強い腕。利用するために嫌々抱かれ続けたそれとは違う、温かな鼓動。


「…俺達と来い、ナマエ。」


強過ぎる抱擁。まるで意地でも放さないとでも言うかの様に。

…エスカバは分かってるんだ、私が、誘いを断るってこと。


「…嬉しいよ、エスカ。」

「っ……。」


そう言って背に手を回せば、エスカバはより一層強く私を抱き締めた。


「でも、もう"逃げない"って決めたの。…貴方に、教わったんじゃない。」


エスカバの背に回された私の手には、小さな注射器が握られていた。


「っ!!」


緩くなるエスカバの腕。
崩れ落ちる彼の身体。


「く、ぁ…ナマエ…!!」


いつか聞いた声に似た、痛切な声。
意識を失ったエスカバを、私は湿ったルビーの瞳で見つめていた。

そして、背中に感じた体温、視界に映った濃緑色の髪。


「…ミストレ。」

「止めても無駄なんでしょ?分かってる。」

「うん、あまり時間も無いしね。」


早くしないと、新手が来る。
結局死刑なのに、無意味な拷問や辱めを受けるのは御免だ。
私にだって、誇りがある。


じわり。

ミストレの傷口から流れた血が、私の服に染みを作った。


「ミストレ、私の首をあげる。酷かもしれないけど、引き受けてくれる?」

「……いいよ。オレの人生に君の名を刻めるなら、本望だよ。」


ミストレは私の首筋に軽い口付けを落とすと、腕を解いて体を離した。


「オレも眠らせて?君が死ぬ瞬間を見るなんて、耐えられないから。」

「……。」


無理に笑顔を浮かべたミストレの瞳から、涙が零れた。

近付いて来た美しい顔、触れるだけの、軽い口付け。


「…ずっと、君が好きだった。」


過去形なのが、せめてもの救いだった。

もしかしたら、私に気を使ったのかもしれないけど。


「…さようなら、ミストレ。」


首筋に射した針、覆い被さるように倒れる体。

それをゆっくりと下ろして、右耳にあるインカムを取った。ミストレに合うよう作られたインカムは、私にはぴったりとははまらない。
何も着けてない自分の耳にあてがい、スイッチを押した。


「……サンダユウ?はは、良かった、繋がった。」


彼の声を聞いたのは、私が軍を裏切って一年ぶりだ。


「うん。…いや、生きてるよ。だから、迎えに来て。それから、服にミストレの血が付いてるの、だからそういうことにしといてよ。…今更だね、そんなの。…うん。うん、そっか、ごめん。…はは、エスカバも頑張ってくれてたんだね。」


何一つ変わっちゃいない、サンダユウの声に、私は心が温かくなっていくのを感じた。


「ミストレにさ、皆をよろしくって言っておいて。それから、ドラッヘにも新隊長様を認めるように言ってあげて。副?…そうだね、やっぱりエスカバじゃなくてザゴメルにお願いしよっかな。」


大丈夫だ、皆はもう、私無しでも充分やっていける。



『……他には?』



耳元に届いた、あったかくて、優しい声。


「学生時代に撮った写真、あれ消しちゃっていいよ。うん、そう。前髪上げてるやつ。仮に後々功績が認められるなんてことがあっても、葬儀なんていらないからね。…えー…ふふ、じぁいいよ。……あと、さ。」


ごめんなんて言ったら、またそんな言葉が聞きたいんじゃないって怒られそうだから。


「今まで、ありがとうって…伝えて。」


ふと、誰かの嗚咽が聞こえた。

ミストレでも、エスカバでも、サンダユウでもない。

みっともない嗚咽は、通信機の向こう側から聞こえてくる。
次第にそれは数を増し、私はそれらの声の判別がついた瞬間、思わず笑ってしまった。



「…はは、なんだ。」



皆そこにいるんじゃん。



「駄目でしょ、ちゃんと持ち場についてなきゃ。」


『だ、って…よぉ!!』


「…皆が私のこと、王牙にいていいんだって言ってくれた時、私すごく嬉しかった。ちゃんと向き合えるまで、結構時間かかっちゃったけど、もう普通にお話できるなんて、"俺"にしてみれば信じられない未来だった。しかも、まさか大人になってからも付いて来てくれるなんて、我ながら自分のカリスマ性に感心しちゃった。」



最後にね。


そう言ったら、皆が私の名前を呼んでいた。



「皆、大好き。」



今も、昔も、これからも。


その言葉を最後に、私は通信を切った。


エスカバの横に転がっている銃を拾い上げ、二人から少し離れた位置にある壁に背を着けて座り込んだ。



「……ごめんね?」



手袋越し、左手の薬指に輝く銀に向かって独り呟いた。


貴方のことだから、私の気持ちは理解してくれてたんだろうけど。
それでも、貴方の辛さが痛い程伝わってきて、私もすごく苦しかった。


わざと嫌われるように仕向けたのに、どうして私のこと好きでいてくれるの?



「頭良いくせに、ホント馬鹿…。」



嫌いだよ、嫌い。
私、昔から貴方のこと大っ嫌い……なんて、はっきり言うことができたなら、どんなに楽だろう。





大好きです。

一人の女性として、貴方を愛しています。

貴方の幸せを願っています。
だから、早く新しい女性見付けて、幸せになって。



「……。」



冷たい銃口を、左胸に押しつける。

瞳から涙が零れたけど、口元は緩い弧を描いていた。
引き金にかかった指に、ゆっくりと力を込める。




「さてと、次はどんな人生を送ろうかな。」



不思議…少し、どきどきするよ。






痛みも何も無い。

硝煙の匂いだけが、微かに鼻孔をくすぐった。









感謝と銃口

そうして、いつかどこかの平行世界。

また君に恋をする。





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