「……お前馬鹿なの?」
「少なくとも、君よりは秀でていると自負している。」
「ああそうだなすまん、その通りだな。」
確かにこの問いは、ナマエに対しては愚問以外の何物でもない。こいつはあのナマエ・スリードだ、馬鹿なわけがない。
じゃあなんだ、そうか、あれか。
「天然。」
「誰が?」
「ナマエ。」
「私?……エスカバ、何故そう思う。」
「いや、だってよ…。」
本来は楽しむべきナマエとの外出。しかも二人きりでミストレやサンダユウの邪魔が入る心配も一切無いときた。
朝、俺を部屋まで迎えに来たナマエは、普段と比べればではあるが若干女らしい服を着ていて、それを見た瞬間、不覚にも頬が緩んでしまった。
だがしかし、現在進行形で俺は微妙な気持ちだった。
「店の前に立ち往生してるわけにもいかないだろう、入るぞ。」
「おう…。」
視界の端どころか、堂々と移り込んで来るひらひら。
淡いパステルカラーから際どい黒まで、その種類は様々だ。
「…眩しい。」
思わず漏れた言葉は、率直な感想だった。
「そうか?」
ナマエは首をかしげていた。
別に俺も光が眩しいわけではない。
俺が言っているのはなんというか、雰囲気の話だ。
つまらない、後悔する、か。
……うーん、難しいな。
つまらなくはないし、後悔もしてねぇんだけど…。
「エスカバ、どうかしたのか?」
「お前さぁ…。」
片手で顔を押さえて、俺は深いため息をついた。
「こーゆーとこ、普通男と来る?」
右下がりの言葉と、熱を持った顔。
そう、俺が今居るのは所詮ランジェリーショップとかいう聖域であるわけであって。
まさか生きているうちにこんな場所に足を踏み入れることになるなんざ、思ってもみなかった。
しかも、ナマエと一緒に…。
「来ては駄目なのか?」
「いや駄目ってわけじゃねぇけど、さぁ…。」
そんな俺の気持ちを微塵にも理解しちゃいない天才様は、葛藤と戦い唸る俺をきょとんとした表情で見つめていた。
確かに、そうゆう仲の男女なら何も問題は無い。
つーことはなんだ、ひょっとしてこれは期待してもいいってことなのか?
いや、ナマエに限ってそんな高度なことするはずがない。
「エスカバ。」
「…んだよ。」
「その、何色がいいと思う?」
だから何でそーゆーこと恥じらいの一つも無しに言えんだよ!?
…よし、いっそ際開き直るか?この状況を目一杯楽しんで、半殺し覚悟で他の奴等に自慢してやろうじゃねーの!!
俺が男として自分の中で一つの覚悟を決めている間に、ナマエは気に入った物を見つけたのか、何十種類もあるそれらから一つを手にとっていた。
「今まで下着は全てスポーツ用のシンプルな物しか持っていなかったからな。着心地が分からないから、とりあえず一つにしようかと思うのだが…いざ選ぶとなると、迷う。」
「へー、そう…。」
ナマエはどうやら真剣に悩んでいるようだった。
開き直ろうと決めたものの、やはり俺は羞恥や照れ、その他の感情が拭いきれないでいた。
「…おかしくはないだろうか?」
「っ!!!?」
ナマエの問いに、俺は思わず足を引いてしまった。
ナマエは白を基調としたソレを自分の胸の前に掲げてみせたのだ。
ボリュームのある縁のレースと、パステルピンクのリボン。
可愛いっつーか、むしろ個人的にすげーイイと思う。
「お、おかしくなんかねーって、に…似合ってると思うぜ!?」
やっべ声裏返った。
「…そっか。じゃあこれにする。」
「え?」
「…"え"?」
思わず出てしまった俺の間抜けな声に、ナマエが首をかしげた。
「え、とはどういう意味だ?」
「な、なんでもねえっ!!」
なんでもなくねーよ、つまりは明日からそれ着けるってことだろ?
お前……マジか。
どーすんだよ、つかどーしてくれんだよ、バッチリ見ちまったじゃねーかよ俺。
ナマエがさっさと会計を済ませて一緒に店を出た後も、俺はなんだか気が気じゃなかった。
…で、でもあれは不可抗力だろ、つーか健全な思春期男子を前にしていろいろと鈍いナマエが悪い。
「はあー…。」
「疲れているようだな、少し休むか?」
「いや、いい。」
疲れてるっつーかなんつーか。
「…ふふ。」
「…んだよ?」
調子が乱れていることを必死に隠そうとしている俺を見て、ナマエは可笑しそうに笑った。
「ミストレがエスカバをからかう理由も分かる気がする。」
「は?」
少し楽しそうにそう言ったナマエに、俺は眉をひそめた。
「予想はしていたが、やはり君は面白い。」
「面白いって、どういうことだよ。」
未だに小さく笑い続けるナマエに、なんだかいろんな意味で嫌な予感がした。
「反応が可愛い。顔を赤くしたと思ったら、ころころと表情を変える。」
「可愛いって……なっ!?まさかおま、ナマエっ!!」
こいつ、天然かと思ったら超演技派の確信犯だったのかよ!?
やっぱ女って信用ならねえ!!
「軍人として言えば、動揺があからさま過ぎるのは改善すべき点だな。」
「…うるせぇ。」
しかもバレバレだったわけ。最悪だろ、これ何て羞恥プレイ?
自分の複雑な感情を誤魔化すように舌打ちをした俺に、ナマエはにこにこと微笑みかけた。
「だが、これはこれで見ていて飽きない。…暫くはそのままであってほしいかな。」
初めて見た優しげな表情に、俺の心臓は休む暇無く高鳴った。
「…意外。」
「何が?」
「お前そういう奴だったんだな、すっげえ質悪ぃ。」
「君がその見た目で実は頭脳派で策略家なのと同じだ。人の本質なんか本人でさえあやふやなものだよ、他人に解るわけがない。」
「……。」
そう言ったナマエの横顔に、俺は喉に微弱な痛みを感じた。
けれど、そのうちこの痛みも感じなくなるだろう。何故なら、ナマエは少しずつではあるが周りの人間に心を開きつつあるからだ。
そのせいで俺達よりも"大切"な存在ができる可能性もあるが、その時はその時だ。俺も諦めるつもりはねーしな。
ともかく、今日は幸せだ。
何か食べようかと、ナマエが近くの喫茶店を指した。
「ああ、その前に、」
「?」
ふと、ナマエが振り返った。
「もういいだろう。なにも仲間外れというわけではないんだ、エスカバにもプライベートというものがあるからな。」
ナマエは確かに俺を見ている。
しかし、その言葉は明らかに他の人物へと向けられている。
「ナマエ、何言って、」
「エスカバ、動くな。」
「っ!?」
突然、ナマエが俺の顔に手を伸ばしてきた。
動くななどと言われずとも、驚きと動揺、それと僅かな期待のせいで、俺は身動きがとれなかった。
ナマエの指先が顎を掠めた瞬間、顔に力が入った俺は目を閉じてしまった。
しかし直後、ナマエの手が離れていく気配がした。
「…いいぞ。」
「え?」
目を開けると、ナマエの手の平には小さなピアスみたいな物が転がっていた。
「…何だよそれ?」
「盗聴機だ。襟裏に仕掛けられていたぞ?」
言いながら、ナマエはそれを踏み潰した。
「盗聴機って…はぁ!?」
犯人なんざ聞かなくても分かる。
あの野郎、女々しいのは顔だけにしとけっつの!!
「分かってたんなら最初から言ってくれよ!!」
「俺も先程気付いたばかりだ。というか、それ位自分で気付け。仮に君が任務中だったとしたら失態どころの話じゃない。」
「……。」
ナマエは真面目に俺に注意していたが、なんというか、それどころじゃない。
今頃、あいつは俺をどう殺そうかと拳を鳴らしているに違いない。
羞恥と期待
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