――拝啓、親愛なる貴方様へ。
おそらく、この手紙が貴方に届くことはないのでしょう。
それでもこうして文をしたためるのは、単に私の自己満足なのです。どうかお付き合い下さい。
…この世界の人達は、いい人が殆どです。
両親も、友人も、皆優しくて、私は毎日幸せを感じています。
愛国心とは少し異なるかもしれませんが、私はこの国が好きです。そんな国に生きる、私の大好きな人々、彼等の家族、そしてそのまた友人達…。
私は、皆が笑顔で暮らせる国を作りたい。
確かに、小さな犯罪を全て無くすことは難しいでしょう。しかし、数を徐々に減らすことはできると思います。国同士の大きな戦争を無くすことだって、可能です。
人々がそれぞれ、傷付きながらも少しずつでも、前に進むことができれば、きっと彼等の見る世界は美しくなる。
貴方もご存知と思いますが、国というシステムの成り立つこの場所で確変を起こすには、良き指導者が良き道を示す他ありません。
良き指導者は、他人の痛みで心を痛めることは勿論、他人の幸せを喜ぶことのできる人間であるべきだと、私は思うのです。
人の上に立ち、たくさんの人々の人生を左右する"導"を作ること。
称賛されれば、憎まれることもあるでしょう。
けれど、導はあくまで導くだけの存在です。
照らされた道を、どのように歩いて行くのかを決めるのは、その人自身です。
私は、この照らされた道を、力強く自分の足で歩いています。
砂利だらけで足が切れてしまったり、泥濘に沈みかけてしまったり、私にこんな運命を与えた神を、時に呪ったりもしました。
だって、私は本当はこんな世界に生きるはずじゃなかったのに、と。
でも、今はそうは思っていません。
むしろ神様に感謝しています。
愛すべき人々、愛すべき世界。
こんなにも、輝かしい場所を、以前の私は知りませんでした。
貴方の場所を奪ってしまったと、最初は思ってた。
けれど、そうではないんですね。
だって、円堂君は私の手を取ってくれたし、エスカバやミストレ達も、私のことを受け入れてくれた。
以前の私からしてみれば、ここは異世界と呼べる存在です。
だからきっと、理論付けられない時空軸の上、この世にはたくさんの"世界"が存在していてもおかしくはないのでしょう。
きっと貴方は私の存在しない、こことは異なるパラレルワールドと呼べる世界に生きているのだと、信じています。
バダップ・スリード様。
私は、私の生きるこの世界が大好きです。
きっと、貴方も同じ気持ちでしょう。
今度また、違う世界に生まれることができたのなら。
その時こそは、貴方にお会いたいです。
ナマエ・スリード
届くことない恋文に、ありったけの愛を込めて。
その日、窓の外ではセミが鳴いていた。
気温は36度を超えていたが、空調が効いていたため室内は適度に涼しかった。
少年は軍服を模した濃緑色の制服を椅子にかけ、空を見上げていた。
傍らの机には白黒のサッカーボールが転がっていたが、それは少年が校内に許可なく持ち込んだ物だった。
雲一つ無い、青く澄んだ夏空を見上げ、少年は穏やかな表情で呟いた。
「ああ、俺も…楽しみにしている。」
彼は、長い夢を見ていた気がしていた。
内容まではよく思い出せないが、自分と同じような髪色の少女が微笑んでいた気がする。
やがて少年は室内の空調を切ると、サッカーボールを脇に抱えて部屋を出て行った。
「あーもうこんなところにいた!」
「バダップ!電話したのに何で出ねえんだよ!!」
少年が廊下に出ると、彼を探していた二人の少年が彼に駆け寄った。
「……?」
一瞬、少年には波の音が聞こえた気がした。
しかし少年が振り返ることはなく、誰もいなくなった室内には、セミの鳴き声だけが響いていた。
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