「信じられないだろうが、聞いてほしい。」



私の話を、皆は質問をする気配も見せず、ただ黙って聞いてくれた。



「気持ち悪いと感じるだろうが、俺は、王牙に入る前から、お前達のことを知っていた。」



さすがに、"キャラクター"としてとは言わない方がいいと思い、少し話を捏造することにした。



「予知夢、に近いのかもしれないな。小学校6年生の時から、ずっと、知ってたんだ。エスカ・バメルとディベートで対峙することも、ミストレーネ・カルスが俺に戦いを挑んでくることも、全部知っていた。それに、俺はオペレーション・サンダーブレイクの失敗さえ分かっていたんだ。だからと言って、手を抜いていたわけではない。俺は全力で試合に臨んだが、円堂守には勝てなかった。」



話を終えた時、皆がどんな反応を見せるのかとか、どうでもよかった。



「けれど、その夢の主人公は、"私"じゃなかったんだ。本当は…俺の居場所には、他の人間がいるはずだった。……彼が本物で、"私"は、偽物なの。」



分かってはいるつもりだったけど、やはり胸がチクリと痛んだ。



「彼は、完璧な人だった。皆にとって、最高のリーダーで、必要不可欠な人間。でも運命の軸が狂ったのが、彼が存在するはずだった場所には、私が落ちてしまった。…俺は、彼の代わりを努めようと、彼を演じようと、必死だったんだ。」



徐々に、自分が何を言っているのかさえ分からなくなってきた。ただ、言葉が勝手に口から溢れていって。
悲しいなんて思ってないのに、涙まで零れる始末だった。
自分で言うのもなんだけど、無表情で泣くなんて、気味が悪いな。



「ずっと、決められた導に沿って生きてきた。皆の未来が、歪んでしまわぬように。彼と同じように動けば、皆をうまくまとめることができた。けれど、もう導は途切れてしまった。元々、俺は軍人になるつもりなどなかったし、彼の代用品としての役目も終えた。俺はこれ以上、ここにいる必要はないんだ。寧ろ俺に関わってしまうことで、君達に悪影響を与えてしまう可能性だってある。」



涙が流れても、声が裏返ってしまうことはなかった。



「正直ね…もう、疲れちゃったんだよ。」



思わず出てしまった本音。

ファイルを握る手に、力が入った。



「だから、もうここにはいれない。…皆、今までありがとう。俺は、」

「嫌だっ!!」



お別れの挨拶をしようと思ったのに、私の声は焦燥を含んだ高音の声に遮られた。

声の主を見れば、彼はいつもの自信に満ちあふれた表情の面影も無く、飼い主に捨てられる直前の犬のような顔をしていた。



「何、勝手に決めてるのさ!…っ、どうして、どうして何も言ってくれなかったの?」

「ミストレ…ごめん。」

「そんな言葉、聞きたくないよ…。」



謝罪の言葉は、かえって彼等を傷つける。
分かってはいても、それ以外に、何て言えばいいのか思いつかなかった。


…これ以上この場にいても、心の傷が抉れるだけだ。
そう思った私は、皆に背を向けて歩き出した。

しかし直後、私は後ろから誰かに抱きしめられた。

触れている部分から予測された身長と、視界に映った手首の色で、それが誰なのかは容易に理解できた。



「ナマエ、今まで気付いてやれなくてごめんな。」

「…君が謝ることじゃない。」



私の肩を抱くサンダユウの制服に染みをつくったのは、私の頬から伝った涙だった。



「どうしても、王牙を辞めるのか?」

「……。」



今更、後悔なんてないと思ってた。

優しくなんて、しないでほしい。



「そんなに、俺達から離れたいのか?」

「そんなこと……。」



ない、あるはずがない。


だって、私はこんなにも皆のことが大好きで…。



「ナマエが俺達にとって悪影響だなんて、誰が言ったんだ?」

「それは…、」



誰も、言っていない。

でも、私は皆みたいに本気で国の為に生きたいなんて考えは持ちえていない。

いつか生じる罅は、確実に大きなクレバスへと変貌する。

ここに残ったとしても、目標を失った私が辿るのは破滅の道なのだ。



「私ね…本当に、空っぽなんだよ。」



もう何も残ってないの。



「……怖いんだ。」



とてつもなく。



「いつか、皆に置いて行かれるんじゃないかって。」



彼でなくなってしまった私は、近いうちにその輝きを失ってしまうだろう。



「頂点に立ったからこそ、皆の先頭に立っていたからこそ。
皆が、私を置いて先に進んで行ってしまうことが、悲しいの。」



それは喜ぶべきことのはずだ。
悲しいだなんて、私は随分と我が儘な人間だ。

劣等感?嫉妬?そんな感情じゃない。

これはきっとそう、孤独。



「…エスカバの言う通りだよ。」



何が、前に進むだ、君達のためだ。
よくそんなことが言えたものだ。



「私は、逃げるつもりだった。」



新しい人生を始めて、全部忘れようとした。
女である自分を取り戻して、全て塗り潰してしまおうと考えたのだ。

可笑しな話だ。あの判を貰った時の胸の高鳴りも、期待に膨らむ胸の熱も、全部、本物だったのに。



「ナマエ、」



サンダユウの体が離れた。



「ナマエ、こっちを向いてくれないか。」



そのまま立ち去ることも出来たが、私は黙って後ろを振り向いた。

そこには、よく見知ったオーガのメンバーが、"私"を見ていた。



「ナマエ、我慢する必要なんか無ぇんだぞ?」



最初に口を開いたのは、ザゴメルだった。



「無理に完璧である必要なんかないとおもうぜ?」



ドラッヘが優しく笑った。



「確かに、今回のテストでミストレが一位だったのには驚いた。」

「けど、俺達はナマエを落ちぶれただなんて思ってない。」



ダイッコとジニスキーも口元に弧を描いた。



「オレ達は別に」
「"神童"であるナマエ・スリードを崇拝してたわけじゃないからな。」



ケボーとブボーはいつものように、ザゴメルの肩から私を見下ろしていた。勿論、普段通りの生意気な笑顔を浮かべながら。



「遊びたかったら遊べばいい、甘いものが食べたいのなら食べればいい。貴女は、自由に生きても構わないのデスヨ?」



イッカス…。



「それで悪ぃ噂が立ったとしても、俺達がいるんだ。心配することはねぇよ。」



エスカバ…。



「ナマエ、オレは…ナマエともっと一緒にいたいよ。」



ミストレは、自分の制服の裾を掴んでそう言った。
ホント、彼らしくない。



「お前の才能がもったいないからとかじゃない。俺達は皆、ナマエが大好きだから、"ここ"にいてほしいんだ。」



だからこうして止めに来たのだと。

サンダユウの声に、私の心に刺さっていた針が、抜けていくのが分かった。



もう、涙は止まっていた。



「私っ、皆の傍にいてもいいの?」







お面が割れた、音がした。






鬼面を棄てた女の子





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