テストの出来は上々だった。
この分だと今回は3位に入ってるんじゃねえかという期待を胸に、俺は寮を出た。
そういやミストレの奴、今度こそナマエに負けないだの何だの言ってたが、一体何点差で泣くことになるやら。
時計を確認すれば、そろそろ予鈴が鳴ってもおかしくない時間だった。
にも関わらず、順位が記された掲示板の前には、なんだか様子のおかしい人だかりができていた。気になって近づいてみると、群衆の中にダイッコを発見した。
「はよ。皆して何たかってんだよ?」
「ああ、それが…。」
ダイッコの顔は、いつにも増して白く見えた。
「上位に順位変動でもあったのか?もしかして俺がミストレに勝ったとか!」
冗談半分に言ったのだが、ダイッコは気まずそうに掲示板の方へと視線を戻した。
「いや、順位変動は合っているが…。」
ダイッコの視線の先を追うと、そこには信じられない光景があった。
一位 ミストレーネ・カルス
「はぁ!?嘘だろ!!!?」
「はは…だよね。」
「うおっ!?」
急に聞き慣れた声がしたと思ったら、隣にはいつの間にかミストレがいた。
「やったよエスカバ…オレついに、ナマエに勝っちゃったんだけど。」
そう言ったミストレの顔は、怖い位に引きつっていた。
「ちょっと、これ一体どういうことデスか?」
「イッカス…どういうことっつったってなあ…。」
ナマエの名前は、ミストレのすぐ下にあった。何かの間違いなんじゃねえかと思ったが、ザゴメルとサンダユウがやってきて、たった今教官に確認をとって来たとのことだった。
「おいおいマジかよ、どーなってんだこれ。」
自然とその場にはナマエを抜かしたチームオーガのメンバーが集合していた。
「学習する環境も充分に整えられてたって本人が言ってたし、軟禁生活が原因ってわけじゃねえだろうな。」
「じゃあ単にミストレの努力の成果ということか?」
ジニスキーの一言に、誰一人として肯定も否定もしなかった。
ミストレ本人も、今回の結果を素直に受け止めきれていない様子だった。
「どうしよう、オレ今日一日もたない。」
ミストレが頭を抱えた。
「やっと念願が叶ったっていうのに全然嬉しくない、むしろなんか気持ち悪い。」
まさに顔面蒼白といった感じのミストレを、俺達は気の毒そうに見ていた。
どうやらナマエは俺達に連絡も無しに携帯のアドレスを変えてしまったらしく、事の真相はナマエ本人に聞き出す他無かった。
「ともかく、今は時間が無い。昼にでもナマエのところへ行くしかない。」
サンダユウの言葉に、俺達は一旦それぞれの教室へと向かった。
…大体予想はしていたが、学園内には様々な噂が広がっていた。
俺の周りの奴等も、この騒ぎを楽しんでいるようで腹が立った。
「なあエスカバ、聞いたかよ?」
「どーせ全部嘘っぱちだろ?下らねえ話広げてんじゃねえよ。」
ったく、どいつもこいつも…。
ナマエもナマエで、面倒な時期に髪短くしやがって。
あれじゃあイメチェンどころか悪い噂を煽ることにしかなってねえんだっつの!!
その日、俺のクラスはナマエのクラスとの戦闘実技テストがあった。
観覧席から見たナマエは本当に普段通りで、噂によって踊らされたのか、対戦相手である俺のクラスの男子生徒は完全にナマエをなめてかかり、秒殺と言ってもいい程に華麗に打ち負かされていた。
声をかけようとしたが結局タイミングを逃してしまい、ミストレ達と同じように昼を待つことにした。
*
「は?早退したぁ!?」
昼休み。
ナマエの教室には、ミストレの間抜けな声が響いた。
生徒が何人かこちらを不審そうに見ているが、そりゃこの10人で動いてりゃ嫌でも目立つもんな…。
「さっき見た時はいつも通りピンピンしてたぞ?」
「ああ、体調が悪いようには見えなかったな。」
ザゴメル、ドラッヘが互いを見やる。
「情報収集するにも、得られるのは信憑性の無い噂ばかりデスしネ。」
「こうなりゃ直接寮に押し掛けるしかねえだろ。」
嫌な予感がした。
…俺はまた、とんだ勘違いをしてたのかもしれない。
ナマエが、俺達の前でも笑えるようになったこと。それはナマエが俺達に対して心を開いた印なんかじゃなくて……。
ミストレに気付いた女子生徒が、興奮した様子で一位おめでとう!と声をかけていた。
ミストレはそれに笑顔で礼を返していたが、内心穏やかじゃねえんだろうな…。
「…まあ部屋に押し掛けるにしろ、午後の授業がある以上俺達は放課後にならないと動けないぞ。」
「ゲゲゲ…。」
「ブブブ…。」
今まで生きてきて、今日ほど授業を鬱陶しく感じた日は無かった。
*
「……っ!!」
帰り際のSHRの終了と同時、オレは駆け出した。
エレベーターを待つのも面倒で、階段を数段飛ばしながら下たると、結った髪が躍った。
ったく、あの教官話長すぎ!!テメーの息子自慢なんざどーでもいいっつの!!
集合場所には既に皆揃っていて、オレが足を止めたと同時、サンダユウが口を開いた。
「よし、行くか!!」
気持ちがはやり、自然とオレは先頭に立っていた。
*
「…開かねえ。」
ナマエの部屋の扉に手を掛けたエスカバは、額に青筋を浮かべて呟いた。
「留守なんじゃねえの?」
「早退したくせにか?」
「くせにか?」
インターホンに声をかけても反応しないし、なんなんだよまったく。
「どいてエスバカ。こうなったら無理矢理抉じ開けてやる。」
「あぁ?」
オレは鞄からドライバーと、以前ネットで購入した電子機器を取り出し、ナマエの部屋のカードキー解析部分から寮のセキュリティシステムへと侵入を果たした。
「やった、侵入成功っ!」
「お前…んな高度な技術どこで覚えたんだよ。」
授業でもやってねえぞ。
エスカバが若干引き気味に言った。
ふん、このミストレ様にかかれば寮の鍵位ちょろいちょろい!!
「開いた、」
高い機械音と共に、扉が開いた。
「エスカバ、これ片付けといて!!」
「はあ!?」
広げた道具をそのままに、オレは誰より早くナマエの部屋に入った。
「……いない。」
「だろうな。」
サンダユウが軽いため息をついた。
確かに、ナマエは居留守なんて使わない。
オレだってそれくらい知ってる。けど、少し期待だってしてた。
ナマエの部屋は寒色を中心とした、酷く殺風景な部屋だった。
なんだかつまらなくなって、オレはベッドに身体を倒した。
「…ナマエの匂いがする。」
「何言ってんだ変態。痛っ!!」
エスカバが失礼なこと言ったので、オレは半反射的にベッドの枕元に置いてあった雑誌を投げた。
雑誌はフリスビーの如く勢い良く宙を飛び、その角をエスカバの首筋へと衝突させた。
首を押さえて悶絶するエスカバを見て鼻で笑ってやり、オレは再びナマエの布団へと顔を埋めた。
濃紺色のそこからは、味気ないシャンプーの匂いがした。べつに嫌いってワケじゃないけど、もっとふんわりした香りのやつ使えばいいのに…。
今度香水でも吹き掛けてあげようかな?
きゅ。
指先が布団を握りしめたのが分かった。
「あーもう、これじゃあ完全にっ……。」
恋する乙女ってやつ。
全っ然オレらしくない!!
認めるのが悔しくて、バフバフと拳を叩きつけた。
そんなオレには一切構わず、ザゴメルはふとオレがさっきエスカバに向かって投げた後、無惨に床に転がっていた雑誌を拾い上げた。
「?……あ"ー!!」
「ちょ、いきなり大きな声出さないで下サイョ。」
部屋にザゴメルの絶叫が響いた。広すぎる室内を見物していたメンバーも、全員彼の方へと視線を向けた。
「どうしたんだよ?」
「サンダユウ、これ…。」
ザゴメルが拾い上げた雑誌をサンダユウに渡した。
どうやらあれは雑誌などではなかったらしい。
よく見れば表紙も地味だし、紙質も良さそうだ。
「っ!!!?」
バサッ…。
確認の後、サンダユウは受け取った本を落とした。
今度はそれを未だ首をさするエスカバが手に取り、ぱらりと一枚ページを捲った。
そこに並ぶ文字を目にしたエスカバは何故か石の様に固まり、震える唇で何かを口にした。
「っ、学園、案内及び…編入、要項……!?」
「は!?」
今こいつ、何て言った。
学園案内?
編入要項??
全員が事態を把握したらしく、室内には重い沈黙が流れた。
はらり。
ページの隙間から二つ折りにされた白い用紙が落ちた。
ジニスキーがそれを拾って、オレ達にも見えるように紙を開く。
「も、模擬試験…。」
しかも満点。
「……。」
周りを見ると、全員同じような表情をしていた。
オレの口元がピクリと引きつったその時、携帯が鳴った。
「ぁ、もしかしてっ!!」
オレは急いで携帯を開いた。
実は昼、親衛隊の女の子達にナマエを見かけたら教えてほしいとメールを送っておいたのだ。差出人も確認せずに本文を開くと、そこにはオレの欲していた情報があった。
「なっ、バウゼン教官の部屋…?」
まずい、まさかナマエはもう"動いて"いるんじゃ…。
「っ!!」
「エスカバ!?」
オレより先に、エスカバが手に持っていた他校の資料を放り投げ、駆け出した。
再び宙を舞うそれはザゴメルがキャッチしたようだったが、そんなことどうでもいい。
「待てよ!!」
オレもエスカバの後を追うように部屋を出た。
*
「……んん!?」
エスカバが投げたそれは、再び俺の手の中へと戻ってきた。
ナマエが王牙を去るのではないかと、先程まで揃っていたチームのメンバーは全員エスカバとミストレの後を追って部屋を出て行ってしまった。
どうやら肩に乗っていたゲボーとブボーも、自らの足で走って行ったようだ。
編入。
その二文字にばかり目がいって、俺は重要なことを見落としていた。
「お前等っ…!!」
それを声に出そうとした時には既に遅く、殺風景な部屋には俺一人置いてきぼりを食らってしまっていた。
そうだ、この学園の名前、どっかで聞いたことあると思ったら国立の有名な学校だ。
けどここ……。
「女子校だぞ!!」
当然、俺の言葉を聞いた人間はいなかった。
消え行く"彼"
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