『先程ミストレと話したのだが…あそこまで感情を剥き出しにして牙を向けられたのは久しぶりだ。
珍しく酷く混乱していて…見ている側としては、少し面白かったな。
自分では気付いていないと思うが、どうやら君は、ミストレに特別好かれているな。』
私は家に着いてすぐ様制服を脱ぎ捨ててお風呂に入り、保健室で聞いたバダップさんの言葉を思い出していた。
いつも遠目に見えたバダップ・スリードからは考えられないような、優しい声。
それに、なんだか少し嬉しそうだった。
外はガチガチの軍人模範生でも、普段隠れているこの優しさが、本当のバダップさんなのだと思った。
ところで、彼の言う"特別"とは一体どういう意味だろう。
まさか女の子として?
いやいやいや、こんなこと言ってもし外れてたらどんだけ自意識過剰なんだ私は。
相手は学園のアイドル様だぞ!?
あれですか、歴代パシリの中でも優秀ってことですか?逃げないで続けていて偉いねと??それとも、私を弄るミストレが特に生き生きして見えるとでも??
…嗚呼、分かんないよバダップさん。
『一人の女性に対して真剣に熱くなったのは、おそらく君が初めてだろう。』
珍しく饒舌なバダップさんの言葉の裏には、仲間を思う温かさがあった。って、そんなこと言ったら貴方はキューピッドですかという話になってしまうんだけど…。
ミストレのことを見限らないでほしい、みたいな…ともかくそんなことを言ってるような気がした。
まあ、私も別に、今回の一件でミストレが嫌いになったということはないからいいんだけど、むしろ帰り道のツンデレにちょっと可愛いじゃないかとか思ったりしたけど。でも近々私がミストレに捨てられる予定なんですけど…バダップさん、どんな反応するんだろ。
…私が悪いの?その場合私が悪いみたいな感じなの??なにそれ嫌だよ!?勘弁しておくれよ!!
すっきりするためにお風呂に入ったのに、私は新たに芽生えてしまった不安要素を抱いてお風呂を上がった。
あ、そういや前風邪引いた時、ミストレにちゃんと髪乾かせって怒られちゃったっけな。
ふいに思い出し、私は棚から妹のドライヤーとブラシを拝借して髪を梳かした。
「いたた…。」
ブラシが悪いのかドライヤーの風が悪いのか、はたまた私の手付きが悪いのか。
なかなかミストレのように上手くは出来なかった。
それでもなんとか髪を乾かし終え、役目を終えたドライヤーとブラシは何事も無かったかのように元あった場所へと戻した。
鏡に映った自分を見て、その毛先の荒さにため息をつく。嗚呼、まるで枯れ葉のようにパサパサしている…。
「シャンプー合ってないのかなぁ?」
そのうち美容室行こう。そう思いながら、私は脱水所を後にした。
「……ん?」
廊下に出た瞬間、普段家ではあまり嗅ぎ慣れない匂いが漂っていた。
いや、でも"こう"いったことは何度もあった。
ただ最近はご無沙汰だったというか…。
「まーさーかぁ??」
言いながら、口元が引きつったのが分かった。
嫌な予感は的中した。
私がリビングの扉を開けると、そこには…。
「おぉフラン〜!!お帰りぃ。」
「お、おおオトン!!」
既にビールを何本か空けて顔を真っ赤にさせてソファーに寝転んだ、偉い軍人さんであるはずの我が父親がいた。
「なぁにがオトンだよ…ったく、パパって呼んでって言ってんだろうが。」
あ、これは確実に酔っていらっしゃる。
彼はどうにも外ではド強いのに、何故かお家ではすぐに酔ってしまうタイプらしい。安心感とか、精神的に影響してるんだろうか。
「ってあー!!ちょっと、何勝手に冷蔵庫の中身食い散らかしてんの!?」
「だって腹減ってよぉ…。」
チーズやちくわ、ソーセージ等の残骸を拾う私を見て、酔った親父は人の気も知らないでへらへらと笑っていた。
あーあこんなに散らかし…!!!?…嗚呼、やはり殺られていたか、マイスイートスナック菓子達よ。
欠片も残っちゃいない空の袋達を、私は涙ながらに抱き締めた。
「もー、後で新しいの買ってよね…ってヒョー!!!?何コレェ!!!?」
何故リビングに噛られたきゅうりが…思わず変なリアクションをしてしまった。
カッパか、カッパが出たのか!!
「どうして…ってレタス!!」
きゅうりと同じようにごろんと床に放置されたレタスは、所々が破かれ割かれの見るも無惨な姿だった。
あ、トマトまで…何で一口食って放置かなぁ!?ヘタだけの方がまだよかったよ!!
菓子類やつまみ系はいざ知らず、でも野菜をやられたのは今回が初めてだった。
「ゆ、夕食は何か頼むとして、明日の弁当どうすんの…インスタントだとまたミストレにお説教されるのに。」
今から買いに行く?もうパジャマ着ちゃったのに…あーあ面倒くさ。
「フラン…。」
「何さクソ親父。」
「ミストレって誰?」
あ。
もういいって!!
次から次へと問題浮上しやがって…。
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