カバンを持って靴を履いてバダップさんに改めてお礼を言ってから、私は保健室を飛び出した。

まだ間に合うかな…?

人気の無い廊下を全力疾走して、私は生徒昇降口へと急いだ。ミストレの姿は、無い。



「…っ、はぁ、帰っちゃったかな?」



怒らせちゃったもん、当然だよね。

乱れた呼吸を整えながら呟くと、後ろから気配がした。



「やけに早かったじゃないか。」

「あ、ミストレ…。」



私の隣に並んだ彼に、てっきり私に愛想尽かして先に帰ったのかと思ったと伝えれば、あんな事があった後に君を一人で帰せないと、態度は粗雑だったが優しい言葉が返って来た。



「じゃあ、一緒に帰ってくれるんだ?」

「違う。わざわざ送ってあげるんだ。」

「うん、ありがとう。」

「ホントだよ、まったくさあ…。」



少し不貞腐れた様子のミストレは、なんだか拗ねた子供のようで少し可愛かった。



外は相変わらず寒くて、息が白かった。
かじかんだ指先は冷たく、私はまるで蝿のように両手をすりすりと擦り合わせていた。



「うーっ、寒…。」



何気なく白い息でリング作れるかななんて思って挑戦してみたけど、やっぱり駄目だった。
一人でそんな下らないことをしていると、ミストレは急に「あのさぁ!!」と声を荒げた。



「な、何!?」



もしかしてまたミストレの癇に障るようなことでもしてしまったのだろうか。
はっ!!まさか息が臭いとか!?それとも冷気にやられて赤くなった顔がキモいとかですか!!!?心の中で葛藤を重ねていると、ミストレはなんでオレがといったふうに私を睨み、白い息と共に言葉を発した。



「寒いなら手繋いでとか何か言えば!?」

「え…あ、うん。…繋ぐ?」



言われたから言ったのに、更に鋭く睨まれた。



「繋いで下さい、でしょ?」



自分から言っておいてなんて理不尽なっ!!そう思ったけど、ここで反論したら私の明日は無いと思った。



「つ、繋いで下さい…。」

「ったく、最初からそう言えばいいのに。」



手を差し出すと、綺麗な掌が私の手を乱暴に握った。
確かに暖かいけど…あの…もう片方の手がね、左手が冷たいよ。そう思ったけど、ミストレの機嫌を損ねるかと思ったので言うのは止めた。





それから十分ちょっとして、自宅が見えてきた。

あ、そういえば。



「ミストレ、制服ありがとう。」



あと5Mというところで私はさっきのバダップさんの言葉を思い出し、慌ててミストレにお礼を言った。
短い返事が返ってきて、私はもう少し丁寧に感謝した方がよかったかなと思った。


家に着いたら、繋いだ手はするりと解けるものだと思っていた。

けれどミストレは私の手を放すどころか、一層強く握ってきたのだ。不思議に思って顔を見上げると、ミストレは今まで見たことがないような表情をしていた。
いつも自信に満ちた紫の瞳は弱々しく潤み、眉も力なく下がっている。


ひょっとして私を危険な目に遭わせたことに対して罪悪感を抱いているのか、それともこれも彼の演技力の成せる技の一つなのか、私は判別がつかなかった。



「ミストレ、どうしっ…!?」



言い終わる前に、抱き締められた。
尚更どうした。



「あの、」

「フラン。」



泣きそうな顔の割には、結構ドスの効いた声だった。



「お願いだから、バダップだけはやめて!!」

「…はい?」



無理ですなんて言ったら…私はこのまま締め殺されてしまうのだろうか。
というか、無理だとかそれ以前に。



「既に惚れちゃってるんですけど…?」



控え目にそう言えば、抱き締める腕の力が強くなった。

そして頭上に降り注ぐ声。



「フラン、君…。」



緩く弧を描く口元、細められた瞳。



「死にたいの?」

「いえいえ滅相もないっ!!!!」







あの、えっと…。

私は、一体、どうすればっ…。



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